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自転車を階段の下の空き地に放り投げ、駿太は階段を駆け上がった
いつもは駿太の呼び掛けで出てくるのに、その日は祠の外に出て月を眺めていた
「今宵は来ないかと思っていた」
月の光がフフの瞳に反射して金色に輝いていた
緑色の瞳孔が大きく見開かれて、見透かされているような気分になった
「ごめんっ!ごめんっ!」
駿太は泣きながらフフの前に膝まづいた
自転車に乗ってる間、涙が止まらなかった
「何を謝る…ははあ、さては誰かにマーキングされてきたな」
「マーキング…?!」
「俺以外の男の臭いがプンプンする」
フフは尻尾を地面に打ち付けながら、長くて湿った舌で駿太の顔を舐めた
「くすぐったい」
「のんきなものだな」
「フフ、もしかして怒ってる?」
尻尾の振り方がイラついてるように見えた
「久々の男の贄が昨日の今日で横取りされそうになれば、それは面白くはないな」
「フフ、焼きもち妬いてるんだ」
「贄に対して焼きもちも何もない」
そうは言っても、フフは身体中から不機嫌さを醸し出している
駿太は嬉しくなってフフの首に抱きついた
「そういえば、贄ってなあに?生け贄のこと?」
「そうだ。ここ何百年も、使いに来るのは給仕役の女ばかりだったが」
「生け贄って食べるんじゃないの?」
「食べたら一瞬で終わってしまうじゃないか。俺はイヤだね」
「もしかして、ばあちゃんもそうだった?」
「ああ、浪か」
浪とは、祖母の名前だ
「え、ばあちゃんのことも知ってるの?」
「ああ、おおらかで、気持ちの優しい女だったな。飯は…まあ貧相だったが…お前に代替わりしたということは、浪は死んだのか」
駿太がうなずくと、フフはフンッと一回鼻を鳴らした
まるで涙をこらえているかのようだった
祖母がフフとこんな風に会っていたなんて知らなかった
その前の人も、その前の人も
駿太の胸のなかにモヤモヤしたものが沸き起こった
「その…ばあちゃんとも、昨日みたいなこと、したの?」
フフは目を大きく見開いて駿太を見ると、大きな口でニヤリと笑って、「なんだ、駿太も焼きもちか」と言った
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