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母ちゃん
「母ちゃん!母ちゃん!」
駿太は、犬を抱き抱えて家に帰った
洗面所から歯磨き中の母親が顔を出した
「ふんは、あんは、はっほーいっはんひゃひっはほ?」
「え?学校?!」
時計を見ると、8時を回っていた
「あー!」
駿太は玄関に置いておいたバッグを手に自転車に飛び乗った
「あ、ワンコ!」
しかし、犬はどこにもいなかった
※※※※※※※※※※※
教室に到着したときには、学活が始まっていた
「すみません。途中で犬を拾って…」
駿太の言い訳にクラスメートがざわついた
教師も、叱るべきか迷った挙げ句、
「仕方ない、次からは気をつけて」
と言った
「鋏くん、犬飼うの?」
席につくと、隣の席の赤石清花が声をかけてきた
「それが、家に連れ帰ってきたら逃げちゃって」
「えー。飼ったら見に行きたかったのに」
「どこかにいると思うから、また見つけたら教えるね」
清花はにこりと微笑むと、急いで前を向いた
駿太も前を向くと、昴流が後ろを振り向いてニヤニヤと笑っていた
※※※※※※※※※※※※※
駿太の母親の友子は、毎日夜9時過ぎに帰ってくる
朝の9時から夕方5時まで、町の調剤薬局で薬局事務のパートとして働き、そのあと、夜間預りをしいる隣の町の保育園で、保育補助のバイトをしているのだ
毎日疲れて帰ってくる友子のために、ご飯を作り、お風呂の用意をしておくのが、駿太の日課だ
いつもなら、友子の顔を見たらすぐに寝るようにしているが、その日は、友子が食事を食べ終わるまで付き添った
「いつも悪いわね。勉強したり、友だちと遊ぶ時間はあるの?」
友子の口癖だ
「帰ってから結構時間あるし、誰も急かさないから」
「それならよかった。でも、何か話したいことがあるんじゃない?」
「うん…」
「何かほしいものでもあるの?遠慮なく言っていいんだからね」
友子は、駿太の健気で献身的な性格を心配しているのだ
慰謝料も養育費もきっちりもらい、住む家も引き継いだのだから、本当は薬局の仕事だけで十分暮らせる
だが、なぜ仕事を掛け持ちしてまでお金がほしいかと言うと、駿太に何不自由なく暮らしてほしいからだ
友子の考える“何不自由なく”というのは、流行りのものが欲しいのに遠慮したり、友だちと遊びに行くのを控えたりしなくていい生活のことだ
とはいえ、家事をさせているのだから、現時点では何不自由なくというのはできていない
だが、お金は友子しか稼げない
しかも、若いうちしか、だ
他の子と少しずれてしまうかもしれないが
、駿太が高校、大学に進学したさい、勉強や遊びをたくさんさせてあげられるよういま頑張るのだと、友子は自分に言い聞かせていた
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