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エンドロールが終わってから私は席を立ち、外の空気を取り入れた。
何度見ても私たちの思い出は色あせることがない。それほどの名作を世に送り出した今、私は新鮮な空気を取り込みたかった。映画監督として指揮を執ったパトリックは別分野で才能を開花させている。撮影機材の搬入を行ったケリーも、今やサッカー選手だ。私はめでたくポーラと結ばれて、つつましく生活している。
ただ、私たちはどうしても過ちを犯したという強迫観念に囚われている。
フラッシュバックするのは、あの時の「死」が呼び起こす記憶だった。
長い黒髪を結んだ少女の声が反響する。
「おねがい、あたしを……」
耳をかきむしりたくなるような轟音の後で、スクリーンが反応を見せている。
「……自由にさせて」
少女の死が、全てを変えた。
世界はあと七日で滅びてしまう。強力な呪いを受け、私はそれに抗おうと必死だった。だが、スクリーンに映る少女はまるで私たちの存在を赦すかのように、世界はゆっくり歩みを進めた。あの時から止まっていた振り子時計が、動き始めている。
やることは、ただ一つだった。
「おはようございます」
僕とジョニーは声を揃えて答える。この日もいつものように雑然とした会話で時間を潰し、放送が終わってから映画館へ行く。変わらない日常だと思っていた。しかし、何かがおかしかった。
「ハッチ、ちょっと聞いてくれるか?」
切り出したのはジョニーだった。
「昨日ハッチが言っていたこと、何となくわかった気がするんだ。終盤のシーンは明らかに前と違う」
ハッチは黙って聞いている。
「なあ、一体どうなっているんだ」
ジョニーは心配そうに言うが、ハッチは答えようとしない。お互いのコーヒーカップを一目見てから二人は尋ねた。
「ハッチ、あの映画、どこまで真実を語ったんだ?」
「ジョニー、お前はどこであの手紙を?」
二人はしばらく黙り込み、ややあってから「俺から話すよ」とジョニーが言った。
「まず、あの手紙は偶然選んだものじゃない。人に託されたものを読み上げたんだ」
「誰だよ一体?」
「お前の弟さんだよ」
ハッチはしばらく頭を抱えてから「僕の番か」と呟く。
「あの映画は僕たちの思い出をつなげたものだ。自殺したヒナタの冥福を祈るためにも作ったし、僕らが永遠に残していたかった物語を後世に残すためにも作成した」
「最後の自殺するシーン。本来はないものだろう?」
「その通り。だけど、映画は二通り存在していた。もう一つの方にあの自殺シーンがある」
二人は宙を睨んでからお互いのことを整理するかのように話し始めた。
僕の本当の名前はパトリック・リンクス。趣味は映画を作ること。ある時僕は幼少期の頃からずっと一緒だった四人と共に映画を作ることを決めた。仮想空間で自由な世界を作り出し、五人で撮影を行った。撮影が終わってしばらくしたある日、編集作業の合間に拍子でカメラのスイッチが入ってしまい、さながら隠しカメラのように動いていたが、僕はそれに気がつかなかった。固定されたアングルにヒナタが映り込み、首に縄をかけて自殺するシーンが入ってしまい、葬儀の後で気が付いたハッチによって弔いの形で二通り映画を作ったのだ。
ジョニーの正体はパトリックの弟ケリーの同級生であり、サッカーのチームメイトでもあった。ケリーを通じてパトリックやポーラ、サミュエルやヒナタのことを知っており、面識もあった。しかし、ヒナタの死をきっかけにケリーとは疎遠になってしまい、しばらく経って再会したケリーに手紙を託されて、パトリックに相談することが出来ず、独断で放送することに決めた。
「映画の方は初耳だったよ。お前、何であんな映像を?」
僕はコーヒーカップを見つめながら呟く。
「どんな形であれ、あれはヒナタの生前だ。弔う義務があると思ったんだ」
「なるほどな……」
ジョニーは既に空になっているカップを指さした。
「三日前、買い物帰りにここを通ったら弟さんに会ったよ。それで手紙を渡された。中身を読んで確信した。あれはケリーが書いたものじゃないって」
「じゃあ誰が?」
俺は、とジョニーが言いかけて、人差し指で渦を作った。
「多分、ポーラが怪しいと思う」
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