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自室からリビングルームに向かう時、少しだけ異変を感じた。ややあってからその異変の正体に気が付く。
――彼女が呼んでいる?
玄関の方を向くとちょうど鍵が解除され、妻が帰ってきた。
「ただいま」
結婚生活がどのくらい経ったかは思い出せない。ただ、この顔だけは忘れられないだろうと片隅で思っていた。ポーラの妹愛はかなりのものだったが、決して妹をがんじがらめにするような性格ではない。妹の意思は必ず尊重し、どんな時でも守れるときは姉として守っていた。ヒナタも呼応するように姉の背中を見て育ち、世間で優秀な姉妹であるという認識が私の中にはあった。
「時計、動いたんだ」
ぽつりと言うと、妻は冷凍した魚のように硬直した。
「あの振り子時計、動いたんだよ」
私は妻の思惑を肌で感じ取った。
「映画館でパトリックに会ったんだろ?」
「ええ、ケリーの友達と一緒にね」
「フィルムを変更させたんだな」
「その通り。映写技師の人とは仲がいいから」
私は絞るような声で言った。
「本当に、良かったのか?」
妻は肩を震わせた。
「ほんとうにね。どうしてあんなことしたんだろう」
「ヒナタのためになると思ったから、私に相談しないで決めたんだろう?」
「そう」
「手紙をジョニーに渡して、読ませたわけだ」
「少しだけ違う。ケリーに渡したの」
妻からケリーに、ケリーからジョニーに渡ったというわけかと、私は納得した。
「ヒナタのことだ。もうだいぶ時間も経っているし、赦してくれると思って公表した」
私は妻の肩に手を置いた。
「私に考えがある。明日、街の展望台にあるベンチに四人で集まろう。そして、思い出話をするんだ。呪いは確実に解かれている。どうせなら世界の終わりをみんなで見届けよう」
妻は小さく頷いた。
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