夜明けの蝶は街を見下ろす

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 蝶舞山の展望台にあるベンチで、僕たちは勉強のことや将来のことを話しあっていた。僕はその時学校の勉強と部活動の両立が思ったより厳しくて、いつもの仲間たちとは遊べないことに嘆いていた。でも、部活動をどんな理由で辞めるかは考えていなかった。いろいろ考えた末、僕は閃いたんだ。 「ツリーハウスを作ろう」  僕はみんなに言った。業者の手は入ったけどこの先二十年は持ちそうな見事なツリーハウスが出来た。半年以上かかって、僕はみんなとより一層仲を深められると思っていた。僕らの「拠点」が出来てからは、映画を作ろうと決めていた。撮影機材を持ち込んで仮想空間を作成して、広い土地で大いに動き回った。映画は完成して、僕らは達成感に満ちていた。  でも、ヒナタだけは違った。  彼女は、弟とサミュエルのことが好きだった。  二人に向けていた愛が、やがて自分を苦しめた。普通なら好きな人は一人までだったものが、二人になっていた。それは彼女にとって大きなストレスになった。ポーラとサミュエルが両想いだったのは彼女も知っていたし、かといって弟だけに好意を向けるような器用な真似は出来ない。悩んだ末、僕にカメラの使い方を教えてもらい、自分自身で死ぬ瞬間を撮影した。  あれは、彼女なりの「贖罪」だった。  姉への赦し、仲間への赦し、自分への罰。  ヒナタは二人への好意と共に沈黙を守った。  彼女の死体を最初に発見したのは僕だ。だけど、その時僕は録画中だったビデオカメラを停止させ、そこから持ち去った。秘密裏に処分しようと思ったけど、どうしても好奇心が勝ってしまって、僕は録画内容を確認して、全てを悟った。  警察が来て、葬儀を終えて、僕はあのツリーハウスを壊そうとした。こんなものがあったから、ヒナタは死んでしまった。僕なりにそう考えていたけど、出来なかった。曲がりなりにも、あれは僕たちの「思い出」だ。僕はそれ以来、勉強に熱心になり、父のようになろうとした。僕の父であるエルドルフ・リンクスは世界的に有名な学者だった。国際的な賞もいくつか受けた名誉ある人。でも、父は映画を嫌った。変わってしまった息子への憎しみを込めて、「聴覚型新人類進化説」を提唱した。  僕はあの「死」を見てから、悪夢を見るようになった。うなされて起きる僕を弟と母は心配した。そんな中、僕は何気なくサミュエルに相談した。彼はためらいもなく知り合いの呪術師を紹介してくれた。彼女はアビゲイル・グースというダチョウを生贄にして呪いをかける女性で、腕は一流だった。悪夢は消えてなくなった代わりに、この世界は跡形もなく消え去ってしまうことを後で聞かされた。僕は藁にもすがる思いで再び呪いをかけた。  僕はラジオスターとして生きていくこと以外の記憶を封じられた。過去の思い出やヒナタのこと。弟のことも存在としては認識していても、何をしている人かまでは完全に記憶が消えていた。でも、ようやく思い出した。  あの時のラジオからの呼びかけと映画の差し替えは、僕の記憶を呼び起こすためにみんなが行ったということだ。  星空の下で僕たちはペンギンのように身体を寄せ合っていた。人の温もりに触れながら、ヒナタのことを頭に留めた。彼女は独楽のように回り、ポーズするのが好きだった。それは、蝶の様な美しさだった。  三日後、世界が終わる。  その時は、きっと生まれ変わった蝶の姿で街を見下ろす。  僕は、ゆっくり目を閉じた。
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