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柄本さんは一〇一号室のドアの前に立つと、ちらっとこちらを見た。
「覚悟はいい?」
やることがいちいち癇に障る。
見て欲しそうにしてたのは、そっちだ。
俺は無言で頷いた。
しかし、本当にこの家に犬はいないのだろうか?
もしかしたら、本当はこの家に犬がいたりして。
だとしたら今までの茶番はなんだったんだ。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「じゃぁ、ドアを開けるよ」
柄本さんは鍵を挿すとドアノブを捻った。
俺はドアの隙間から中の様子を窺った。
と同時に、中から犬の鳴き声が聞こえないかと耳に集中した。
ギーッ。
ドアが開いた。
家の中は案外こざっぱりとしていた。
柄本さんはフフフと笑った。
「どう?いる?犬」柄本さんは玄関で靴を脱ぎ捨てると、家の中へと入っていった。
想像通りというか、想像と違ってというか、家の中に犬はいなかった。
ただ、家の中に段ボールのようなものが三つ程置いてある。
厳密に言えば、その中に犬がいないという保証はなかった。
「だめだよね。ルール違反は・・・」
柄本さんは玄関に立ち尽くす俺に向かって笑った。
俺は苦笑いを返した。
俺はなんとなく思った。
この家にはきっと犬はいない。
何故なら、匂いが無いからだ。
犬を飼っていたら何らかの匂いがするはずだ。
その匂いがこの家からはしない。
だから、柄本さんはこの家で犬を飼っていない。
それに、柄本さんの不気味な笑いを見て確信を持てという方が難しいが、柄本さんは犬を隠す素振りさえ見せない。
柄本さんは・・・白だ。
俺はこれで、全て終わりだと思った。
柄本さんは納得してくれて、この件自体が無かったことになって、俺は無事に駅に向かう。
頭の中でそう算段した。
「柄本さん、ありがとうございます。柄本さんはこの家で犬を飼っていない。ルールを守る人だ」
俺は柄本さんに軽く会釈をした。
柄本さんもこれで納得してくれただろう。
俺は振り返りドアを閉めた。
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