【完結】このアパートで犬を飼うべからず

一〇一

は？

このアパートで犬を飼うべからず？

言葉の意味が一瞬分からなかった。
このアパートでペットを飼ってはいけないのは契約の時点から念を押されていた。

だとしたらこれはどういう意味なのだろうか。

俺はまた腕時計を見た。
時刻は8：33を示していた。

こんなことに時間を取られても時間がもったいない。
俺は考えるのをやめた。

また駅に向かおうと思って、ふと思った。
このアパートで実際に犬を飼っている住人がいるってことか？

だとしたら、とんでもないルール違反だ。
家主にも秘密で犬を飼っているということだ。

そいつはきっと成功者に違いない。
あの先輩のように・・・。

俺はしばらくその場で動けなくなった。
実際にそいつの顔を見てやろうという気持ちと、そんなことは気にせずに会社に向かおうという気持ちが俺の中で揺れた。

そんなことはどっちだっていいはずだ。
俺は自分に言い聞かせるようにして、また駅に向かおうとした。

待てよ。
そいつはきっとルールを無視してアパートで犬を飼っているってことだ。
ということは、犬が今もこのアパートの中で実際に飼われているってことか。

俺は犬の鳴き声がしないかと聞き耳を立てた。
しかし、聞こえるのは、早朝からランニングをする男の掠れる息遣いだけだった。

くだらない。
こんなことは俺の成功と何の関係もない。

やはり、俺はすぐに駅に向かうべきだった。
若干の後悔の念が浮かび、今度こそ駅へ向かおうとしたその時だった。

「あのう、あなたもこれ気になります？」
背後から男の声がした。