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俺は振り返った。
見覚えがあるような無いような老人が背後で俺を見上げていた。
「何ですか?どういうことですか?」
俺は相手がどう出るかを確かめるように尋ねた。
「いや、だから。あなたもこの貼り紙、気になります?」
老人は若干苛立っているようだった。
あぁ、そういうことか。
この老人も俺と同じことを考えていたということだ。
きっとこのアパートにルールを無視して犬を飼っている住人がいるんじゃないかと。
だとすると、この老人はこのアパートの住人か。
「そうですね」
そう言いつつも、俺はこの老人こそ犬を飼っているんじゃないかと疑った。
自分から疑いを口にすることで、疑惑から逸れることを狙っているという可能性もあった。
「あなた。じゃないですよね?」老人は一歩間合いを詰めた。
俺は背後に郵便受けがあるせいで、老人が近寄るのをただ黙って見届けるしかなかった。
「もちろん俺じゃないですよ。まさかあなたじゃないですよね?」
俺は牽制の意味も込めて、老人に疑いを掛けた。
老人は何も口にすることなく、また一歩間合いを詰めた。
なんだ。
この老人はなんでこんなに間合いを詰めてくる?
俺はこの場から立ち去ろうとして、カバンをぎゅっと握り締めた。
老人はゆっくり手を延ばした。
俺は反射的に老人の手を避けた。
「いや、郵便受け・・・。開けたいから」
老人はそう言うと一〇一号室の郵便受けを開けた。
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