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フィギュアスケートにおける選手生命はとても短い。
その事実を知ったのはフィギュアを習い始めてすぐだった。はじめた瞬間から終わりを見据えなければならないことの虚しさみたいなものを感じなかったわけではないけれど、時間が経つと気にならなくなった。
でも……。
「雪乃ちゃん、肩の力を抜いて、今までの練習を思い出せばきっと大丈夫」
小学生のころからお世話になっている弓子センセーが緊張した面持ちで、リンク横に控えるわたしの背中を摩る。わたしの高校選手権なのに、コーチの方が硬い表情を見せている。
自分を落ち着かせるために大きくひとつ息を吐き、「はい」と応える。が、依然として弓子センセーの表情は硬いままだ。
そんな表情を見ているうちに気づいてしまった。今日まで無冠のわたしには、もうあまりチャンスが残されていない。センセーもそれを考えているんだ。
でも、いつまでもそんな雑念を抱えたままでは演技に支障をきたしてしまう。切り替えなきゃ。
わたしは両手で自らの頬をはたくと、ギュッと目を瞑り、強く自己暗示をかけるように言い聞かせる。
あの人の演技を思い出せ。イメージするんだ。儚げに揺れる花のような、あの人の演技を。曲もあの人と同じ、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を選んだ。あとは演技を楽しむだけ。結果は後からついてくる。
瞼を開き、眼前に広がる銀盤を見据える。
ブレードで床の感触を確かめながら、わたしは一歩踏み出す。わたしの可能性を否定し、今まで一度もわたしの演技を見たことがないお母さんを結果で見返すために。
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