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『湖上選手、圧巻の演技でした。会場全体が震えるような、大きな拍手が沸き起こっております』
演技を終えた少女が氷の上を離れ、リンク脇にいたコーチと思しき女性と熱い抱擁を交わす。達成感、安堵、歓喜。そんな感情の奔流が、画面越しでも伝わって来る。
「ほら、雪乃。あなたも晩御飯の支度を手伝いなさい」
「……う、うん」
「どうしたの?」
「ねぇ、お母さん」
「なに?」
「……わたし、これやってみたい」
「えっ?」
ちゃんと伝えたにもかかわらず、お母さんは驚愕の色を浮かべた。そして次に一瞬だけ嬉しそうに微笑んだかと思うと、にわかに真面目な表情になった。
「雪乃、フィギュアスケートやりたいの?」
雪乃はこくりと頷いて見せる。画面越しに見たあの感動や達成感を味わってみたいと思った。誰かの心を震わせるあの少女のようになりたいと思ったのだ。
そんな雪乃に、お母さん母は真面目な表情で優しく告げる。
「やりたいなら止めはしないけど……。やめた方がいいんじゃない? こういう競技で成功できる人は一握りだから、徒花に終わったときにきっと虚しくなるわよ」
この時から雪乃はお母さんが分からなくなった。『徒花』という意味の分からない言葉を遣ったこともそうだが、なにより雪乃は、お母さんが自分の可能性を信じてくれなかったことがどうしようもなく悲しかった。
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