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 雪乃はしばらく言葉が出てこなかった。  物心ついた時から、周りの子には2人いるお爺ちゃんが自分には1人しかいないことには気がついていた。  でも、自分が憧れてやまなかった選手が母親だったなんて、想像もできなかった。それに――。  あの美しい演技に意味が無かったとは到底思えなかった。 「お母さん、わたしがフィギュアやりたいって言った時も『徒花に終わる』って言ったよね」  お母さんは何も言わない。  可憐な演技で人の心を揺さぶって鷲掴みにしておいて、それを無駄だったと言い切ってしまうお母さんに無性に腹が立った。 「でもね、わたしはあの演技を見たからフィギュアをやりたいって思ったんだよ。お母さんのおかげで、初めて本気で打ち込めるものに出会えたんだよ。あの時は『徒花』っていう言葉の意味が分からなかったけど、今は『徒花』っていう言葉を遣った意味が分からない。徒花でいいじゃん。あれだけ美しく咲けるなら」 「……そんなことを言ってくれたのは、雪乃が二人目よ」 「一人目がいるの?」 「……パパよ。結婚する前に言ってくれた」  いつの間にかお母さんはぼろぼろと涙を流しながら笑い、気が付くと雪乃も一緒に顔を綻ばせていた。 「雪乃、母さんが間違ってたのかもしれない。あんたの演技を見ていて思い出したよ。成績とかじゃなくて、一生懸命フィギュアに打ち込んでいた時間とか優勝できた時の嬉しさ、負けた時の悔しさ。そんな瞬間的な感情全てが、今となっては貴重だったんだなって」  そう言いながら、お母さんは雪乃の手からスマホを取ると、今日の演技の映像を再び流しはじめ、 「今日は四位だったけど、雪乃の演技、すっごく綺麗だったよ」  雪乃自身にも観えるように画面を少し傾けた。  そこには、可憐に咲き誇る一輪の花が映し出されていた。銀盤の上で散り際の如く儚げに、されどその宿命に抗うように凛と咲いた徒花が。
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