覚えていない

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覚えていない

 一人の青年があった。名前を吉田と言う。彼は十年ぶりの母校である「荻原高校」の同窓会へと赴いていた。会場は都内の一等地に悠然と聳える一流ホテル。 ホールを貸し切り、立席パーティー形式で行われるものだった。 吉田は「うちみたいな田舎高校の同窓会にこんな立派なホテルを使うなんて、うちの幹事はちと気合を入れすぎではないのだろうか」と、思いながら、今か今かとすっかり好々爺になって老けたであろう担任教師の挨拶を待っていた。  その間、吉田は激しい違和感を覚えていた。なんと、周りにいる同級生皆、誰一人として顔がわからないのだ。十年であればそう外見に変化もなく、多少老けていたにせよ面影の一つや二つはあるはずなのに、それがない。かと言って「あなた誰ですか?」と聞くのも失礼故にそれも出来ない。吉田は高校を卒業して以降、高校の友人とは誰一人親交を持っていない。 すると、一人の女が話しかけてきた。無論、吉田はその女の顔を覚えていないし、誰であるかもわからない。 「ねぇ、中田くん、あたしのこと覚えてる?」 「いえ、ぼくは吉田ですけど」 女は「あ、やっちゃった」と言いたげなバツの悪い顔をした。そして、申し訳無さそうにペコリと一礼をした。吉田はこれをチャンスだと考えた、折角話しかけてくれたのだから、彼女から情報を得ようと考えたのである。 「あの、君、誰だっけ? 周り皆十年も経ってると見た目が変わってるのか誰一人として名前わかんないのよ。あ、君、綺麗になったね」無論、最後の一言はお世辞である。 女はじっと吉田の顔を見つめた。思い出そうとしているのか、うーんと首を捻っている。 「えっと、竹本…… 竹本奏(たけもと かなで)ですけど。あ、勿論旧姓ですよ」 竹本奏と聞いても吉田には思い倦ねがなかった。こんな娘、うちのクラスにいたかな? と思い出そうとするが顔も名前も一致しない。 すると、パーティードレスを纏った女が竹本奏の肩を叩いた。 「あーっ! カナカナだーッ! 久しぶりーッ!」 竹本奏は踵を返した瞬間、先程までとは違った満面の笑みを見せた、それは昔からの知己を得た嬉しさからくるものに見えた。 「えみぽん! 久しぶり! 十年も経つと老けるもんね」 彼女達は暫く再会を喜び合った。吉田は一人ポツンと放置され、いたたまれない気持ちになるのであった。 竹本奏は「えみぽん」と呼ぶ女に尋ねた。 「ねぇえみぽん? この人のこと覚えてる? 中田くんだと思ったんだけど、人違いだったみたい」
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