序章「ユウのこと」

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序章「ユウのこと」

僕の名前はユウ。 カフェバー「シエスタ」で バーテンダーをしている。 この店で働くようになって、はや3年…。 それまでの僕は「私」でOLをしていた。 「私」であった期間である22年は 本当に辛くて、苦しくて、 それでも僕は「私」であろうと もがき続けていたけれど、 そんな僕の背中を押してくれたのは なんと実の母親だった。 「自由になんなさい、ユウ。辛いんでしょ?」 世の中で言うところの 「性同一性障害」と診断されて、 僕は、戸籍上も男の子になることを 法的に認められたが、 戸籍はそのままにしてある。 なぜなら、戸籍を変えてしまったら、 母と他人になってしまうから…。 僕の最大級の理解者にして、唯一血の繋がる 大切な存在を切り離したくはなかった。 ただ、このまま田舎で暮らして行くのは 母にも迷惑をかけてしまうから、 僕はOLを辞めて 都会に出ることにした。 「シエスタ」にたどり着いたのは 偶然だった。 お店の雰囲気が気に入ってふらっと1人で 立ち寄った時、シエスタのオーナーに 働いてみない?と声をかけられたのだ。 元々カクテルが好きで、自分でもよく作って いたのと、オーナーが 「君のそのままで働いていいから」と 言ってくれたことが決め手になった。 オーナーの奥さんが、僕と同じトランスジェンダーで あったことも、大きかったように思う。 それからの僕は 水を得た魚のように生きることが出来た。 昼間の時間に学校に通い、 カクテルソムリエと カクテルバーテンダーの資格を取った。 オーナーはそれもサポートしてくれた。 「いずれユウにはここを任せたいからね」 とまで言ってくれることが嬉しかった。 ここにはいろんなお客さんがやってくる。 昼間から営業しているから お茶をしにくる人やランチを取る人、 喫煙ブースでタバコを吸いたくて やってくるサラリーマン。 夜はお酒を飲みたい人や 飲み会の後のシメにやってくる人。 1人でも大勢でも いろんな人がやってくる。 そして、今夜やってきたのは…
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