第1夜「ユカリセンパイ」

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第1夜「ユカリセンパイ」

「こんばんは、ユウさん…」 やって来たのは、この店の近くにある美大に通う 僕の大好きな美玲(みれい)ちゃんだ。 「いらっしゃい、美玲ちゃん。1人?」 「あ、今日は…」 美玲ちゃんが何か言う前に 後ろからストレートロングの派手めな女子が ひょっこりと顔を出した。 「この子がユウくん?キレイな子だね〜美玲」 「こんばんは。こちらは美玲ちゃんの…」 「1年センパイのユカリでーす」 ユカリさんは美玲ちゃんを引っ張って サッサとカウンターに座った。 「ユカリセンパイをユウさんに紹介したくて…」 「紹介?僕に??」 「あたしが会いたいって 美玲にお願いしたんですよお〜」 ユカリさんはそう言いながら 僕の左手に自分の右手を重ねた。 …おや… そういうことか。 手を重ね合う僕たちを見た美玲ちゃんは 「あっ、あの、私は用事があるのでこれで…」 と、立ち上がって帰ってしまった。 えぇぇ…美玲ちゃん…(泣) ユカリさんは僕の顔を見ると クスっと笑って、手を元に戻した。 「ユウくんはホントに ノンケの美玲ちゃんが好きなのね〜」 「ユカリさんこそ、僕はタイプじゃないでしょ」 「バレたか」 ユカリさんはカラカラと笑った。 「確かに私もトランスジェンダーの仲間みたいに 思われがちだけど、私はただのビアンなだけだから」 「ただの…ですか?」 「変?」 「いえ。潔くで僕は好きですね」 「ユウくんてさ…誰からも好かれるでしょ?」 「美玲ちゃんには好かれませんが…」 「人としてはユウくんのこと、 大好きだよ、美玲は」 「それだけでも嬉しい話ではありますね」 「だから美玲のこと許してあげて、ユウくん」 「許すも何も、最初から怒ってませんて」 「そっか」 僕はユカリさんを好ましいと思った。 この派手な雰囲気とサバサバとした性格に きっと気づかない人も多いのだろうが、 この人は誰よりも細やかに 人のことを思える人なのだとわかる。 自分だって、何度となく傷つけられただろうに… 「ユカリさん、何か飲みますか?」 「いいね〜。ユウくんのオススメがいいなあ」 「承知しました。じゃあ、ユカリさんの 今の気分を教えてもらえますか?」 「今日の気分かあ…そうだなあ、 幸せになりたい、かな」 「かしこまりました」 僕はグラスを一つ取ると、カクテルを作った。 「お待たせしました」 ユカリさんの前に 淡いピンク色のカクテルグラスを置いた。 「うわあ〜かわいい!これ、何ていうカクテル?」 「ベルモントです。ユカリさん、ジンは 大丈夫ですか?」 「うん!全然平気」 ユカリさんはベルモントを一口飲んで、 「美味しい!見た目より甘ったるくないし」 「良かったです」 「ねえ…どうしてこのカクテルにしてくれたの?」 「それはですね…カクテル言葉で選んでみました」 「カクテル言葉?」 「そう。カクテルには花言葉みたいに カクテル言葉があるんです」 「へえ〜知らなかった。ちなみにこのカクテルの カクテル言葉は?」 「優しい慰め」 「え…慰め?」 「ユカリさん、けっこう傷ついてる気がして…」 「え、美玲がやったことは別に…」 「いえ、美玲ちゃんのことじゃなくて…。 なんとなく、ですけど。」 「ユウくんにはお見通しなのね…」 ユカリさんはクシャッと笑うと 少し鼻をすすった。 「別れちゃったんだ、この間…」 「彼女さん…ですか?」 「うん。大好きだったんだけどね…」 ユカリさんはもう一口ベルモントを飲むと、 「聞いてくれる?ユウくん。 少し長くなるかもしれないけど…」 「僕で良ければよろこんで」 シエスタの夜は始まったばかりだ…。
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