第5夜「佐竹くん」

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第5夜「佐竹くん」

「シエスタ」はお昼時にオープンする。 普通深夜まで営業する店は 途中の時間を閉めて、夕暮れ時からまたオープン することがほとんどだが、 この店はクローズする25時までの間、 ずっとオープンしている。 なので、僕は14時から2時間ほど休みをもらって 店名のごとく、カウンター裏の簡易ベッドで お昼寝(シエスタ)をする。 そんな僕のお昼寝タイムを 時々邪魔してくれるのが… 「ユウくん!いるんでしょ??起きてよ!!」 ……まただ…。 誰が来たのかはすぐにわかるけど、 いったん眠りの国に行ってる僕の体は すぐに反応が出来ない。 僕の休憩中はオーナーかオーナーの奥さんが カウンターに入ってくれてるのだが、 「すみません、佐竹さん。ユウは今休憩中でして」 「そんなこと知ってますよ!緊急事態なんです! ユウくんを呼んで下さい。その後で休憩して もらえないんですか!?」 …あああ…オーナー…負けないで…(泣) しかし、心優しいオーナーは 僕にすまなそうに声をかけるのだ。 「ごめん、ユウ…佐竹さんが…」 「…今行きます…」 佐竹くんの「緊急事態」は 毎回大したことじゃない。 わかってはいるんだけど…。 そこからは小一時間ほど、 寝ぼけ眼の僕は佐竹くんの「緊急事態」を 延々と聞かされる。 その緊急事態とは 同棲している由貴ちゃんのことだ。 佐竹くんはバリバリのトップクリエイター。 由貴ちゃんは新進のデザイナーで 美玲ちゃんの先輩にあたる。 おしゃれでスタイリッシュな2人の同棲は まるでテレビドラマのようで、 隣の駅前のタワマンに住み、 内装もインテリアもすごく凝った部屋に 住んでいる。 僕も何度かホームパーティーに 出張バーテンダーとしてお邪魔したことがあり、 由貴ちゃんとも面識がある。 (佐竹くんからは由貴ちゃんには 手を出さないようにと釘を刺されている) それほどラブラブな2人なのだが、 ある日、緊急事態が起きた。 それは由貴ちゃんから 「しばらく距離を置きたい」 と別居の提案をされたのだ。 「ねえユウくん。由貴からなんか聞いてない?」 「由貴ちゃんですか?最近店には来てませんが…」 「…ウソでしょ?ホントは何か 相談されてるんじゃないの??」 この繰り返しなのだ。 佐竹くんの、このしつこさと嫉妬深さが 由貴ちゃんをかなりゲンナリさせているのが 原因だと、実は本人もわかってはいるのだが、 「好きになってしまうと止められない」 のだそうだ。(ありゃりゃ…) 「もう少し由貴ちゃんを信じてあげては?」 「やっぱり何か聞いてるんだ、ユウくん!」 「いえいえ、僕の見解を言っただけで…」 「頼むよ、ユウくん!!由貴は何て言ってるの??」 もう何回この展開になってるんだよ(トホホ…) 今日は1時間じゃ済まないのかなあ… …と思ったその時、 救世主が現れた…!! バーン!と扉が開いて カツカツとヒールの音を立てて現れたのは 佐竹くんの愛しい恋人、由貴ちゃんだった。 「佐竹虎之介!!」←佐竹くんのフルネーム 由貴ちゃんが佐竹くんの名前をフルネームで 呼ぶ時は、怒り心頭な時だと 確か佐竹くんが言ってたような… ズンズンとカウンターに進んできた由貴ちゃんは いきなり佐竹くんの襟首をむんずと掴んだ。 「帰るよ!このバカ男!!」 「由貴ぃ〜…」 「ごめんね、ユウくん!このお詫びは改めて」 「いえいえ、お詫びなんて…。 由貴ちゃんもまたいらして下さいね」 由貴ちゃんはにっこり笑うと軽くお辞儀をした。 そして身長180センチ越えの色男は ちっちゃな恋人に襟首を掴まれたまま 引きずられていった。 でも、なーんか幸せそうだったな、佐竹くん(笑)
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