第8夜「相田さん」

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第8夜「相田さん」

それはランチのお客さんが落ち着いた、 夕方のこと…。 休憩から戻ってカウンターでグラスを磨く僕の前に その人物は突然現れた。 入口のドアが開く。 「いらっしゃいませ」 僕の声に被るように高い声がした。 「やっぱり…!!由宇(ゆう)ちゃんだ!!」 由宇と僕の本名を呼ぶこの女子を 僕はイヤというほど知っている…(無) 「相田さん…久しぶり」 「やだあ〜!!由宇ちゃんがオナベになったの、 本当だったなんて、ウケる!!」 オナベ… 当たっているようで少し違うのだが、 この女子にそれを説明したところで 理解してもらえるわけもなく、 僕は頭の中を瞑想状態に切り替えた。 「仕事でこっちに出張したついでなの。 由宇ちゃんのウワサを確かめたくてさ〜」 勧めもしていないのに 相田さんはさっさとカウンターに座ると 物珍しそうに辺りを見渡した。 「何か飲む?相田さん」 「じゃあアイスコーヒーで」 パンパンに膨らんだカバンを ドン!と右のイスに置いて、 相田さんはカウンターに携帯を置いた。 相田さんは僕の高校の同級生だ。 それほど親しくはなかったが、 なぜか休み時間になると、 僕をトイレに行こうと毎回誘ってきた。 行きたくない、と断っても 毎回無理矢理連れ出す相田さんは トイレで必ず人のウワサ話を聞かせる。 誰と誰が付き合ってる、とか 誰ちゃんの家の車が新しくなった、とか 昔からウワサ好きのおばちゃんみたいだった。 そして今回のウワサネタは僕、というわけか…。 「お待たせしました」 アイスコーヒーのロンググラスを 相田さんの前に置くと、 相田さんはガムシロップとミルクをどっさり入れて ゴクゴクと飲んでから、身を乗り出してきた。 「ねえねえ、やっぱり由宇ちゃんの恋人は 女の子、なのよね?」 「えっ…まあ…」 「レズの人ってさ、ラブホとかでするの? ほら、アレ…」 「僕はレズじゃ…」 「僕って、やっぱり由宇ちゃんは男役なんでしょ? じゃあさ、どうやって女の子を…」 「ごめん、相田さん。今仕事中だから」 なんだかムカムカしてきて 僕は相田さんの言葉を遮った。 いくら同級生とはいえ、あまりのデリカシーのなさに 吐き気がしたからだ。 「え〜…教えてくれたっていいじゃない!」 「……」 本当にこの人は変わらない。 僕が閉口していたその時、 「ちょっとあんた!何下品なこと言ってんのよ」 後ろから野太い声がした。 「たきちゃん…」 それは仁王立ちするたきちゃんだった。 「たきちゃん?…うわっ!オカマ!!」 振り返った相田さんはたきちゃんを見て 更に失言を繰り返す。 「あんたにオカマ呼ばわりされる覚えは ないんだけど!?」 ちなみにたきちゃんは身長185センチ、 体重は90キロ越えの巨人である。 「ユウくんが困ってるでしょ!謝んなさいよ!」 たきちゃんのあまりの迫力に 相田さんはあわわ…となっている(笑) 「そんなにこの世界のことが知りたいのなら あたしの店に来な!」 たきちゃんは相田さんの腕をむんずと掴むと、 「ユウくん、また後で来るわ!」 と、相田さんを引きずり出した。 相田さんのブタカバンがイスに残されていたので 「相田さん、カバン!!」 と、外まで追いかけてカバンを渡すと、 「助けて、由宇ちゃん…」 と涙目で相田さんが小さな声を出した。 「大丈夫。楽しいお店だから。 取って喰われたりしないし」 笑いをこらえながら僕が答えると、 「こんな女、喰うワケないでしょ! ほら、行くよ!」 そのまま相田さんは たきちゃんによって「ムーンライト」へと 引きずられていった。 後からシエスタに来たたきちゃんによると、 相田さんは最初はオドオドしていたが、 次第に楽しくなったのか、大騒ぎして ボトルを入れて帰ったそうだ(笑)
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