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「いだっ!」
波太郎はそう叫ぶと白目をむいて、俺から剥がれた。
すまない波太郎。あまりすまないという気持ちはないけど。
そんなことを思っている間に大文字さんの腕の中に落ちる。
「いやぁ、うちの波太郎がごめんね」
「……別にどうってことないです」
大文字さんに謝られることではない。だがしっかりと“お兄ちゃん”をやっているこの人を見ていると、俺にも血の繋がった兄貴がいたらと思わないでもない。
大文字さんの腕を半ば強引に振り払い、油さんに捕捉された波太郎の元へと駆け寄る。
「おい、波太郎。大丈夫かよ?」
「う~ん、お花畑が見えるよ~。とーちゃんとかーちゃんが手ぇ振ってるぅ~」
「うん、返事が出来るなら大丈夫そうじゃな!」
いや、大丈夫じゃない気がするが? 油さん前向き過ぎだろ。
「おい、早く離れないと崩れるぞ」
声がした方を振り返ると、懐手で煙を喫む男──滝口 慎の姿があった。
いつも薄氷を丸く切り取った様なものをふたつ鼻の頭に乗せており、本人曰く“眼中を明瞭にする為”らしいがよく分からない。
「滝~~っ!! お前っ、まだ儂らが中におるのに発破かけおって! 殺す気か?!」
油さんは波太郎を大文字さんに預けてずんずんと慎さんに詰め寄っていくが、組頭殿はどこまでも涼しい顔だ。
「なかなか出てこないから中でもうくたばっているのかと思った」
「くたばるかっ! お前、この儂を殺したらお館様に大目玉を食らうぞ!」
「この度頭領から仰せつかった任は“主君に仇なそうと画策している不忠者共を鏖殺せよ”、ただそれだけだ。達成するにあたり、お前たちを死なせてはならないとは言われていない」
「死なせていいとも言われてないじゃろうが!!」
「……他の連中はともかく、あんたは本当にくたばっていると思っていた」
「それは、どういう意味じゃ?」
「室内戦なのに長柄の武器だなんて戦いにくいだろうに阿呆だなぁって……襲撃前からずっと考えていた」
「先に言えっ! 穂先が天井に刺さって3度程死にかけたわ! とにかく、儂が死んだら皆が悲しむ所じゃったぞ!」
「え? 皆って具体的には誰のことを言ってるんですか?」
「嘘だろ荻兄っ! お前、さっきまで仲良く喋っていただろう?!」
何だかひたすら油さんが可哀想になってきて、助け船を出す。
「慎さん、何人殺った?」
冷めた目をこちらに向け、慎さんは素っ気なく言い放つ。
「68だ」
……流石は花組の頭をあいつから任せられるわけだな。
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