咲き誇る花組

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68人。驚異的な人数だが、その過半数はこの屋敷へ奉公に上がっている下男や下女で戦う術を持たない者たちばかりだ。 だがそれでもこの人はすごい。屋敷の見取り図の入手、2階があるのではないかという気づき、夜襲の計画に発破の準備……これらは全て慎さんが一人で考えついたことだ──つまり俺たちは慎さんの駒でしかない。 「68?! へへん! でも葬助は大将首をとったんだぜ!」 花畑から生還した波太郎がいつの間にか隣で胸を張っている。何故か得意気な顔をする波太郎に、慎さんはふっと煙を吹きかけた。 「哀れなヤツだな。他者の手柄を誇ることでしか己の価値を保つことが出来ないのか?」 「げほっ、ごほっ! あ、兄貴~!」 「すまん波太郎。オレでは滝口さんには敵わない」 ……なんて自尊心が低い兄弟なんだ。 小さなため息をついていると名を呼ばれる。 「盥場(たらいば)、お前が首をあげたのか。ちゃんと首級は回収したんだろうな」 慎さんの問いに頷いて油さんの槍を指で差す。 風呂敷に包まれたはポタリポタリと血を滴り落としている。 「ならばもう用はない。花組、これより帰還する」 組頭の命に従い皆が歩み始める。 開け放たれた門を越える前に、一度屋敷を振り返った。 爆発の音はまだ続いており、炎の勢いも増している。屋敷は崩れ落ちて見る影もない。徹底的な証拠隠滅。俺たちの痕跡を残してはいけないし、依頼主も自分に楯突くとどうなるかということを他の家臣に示すことが出来るだろう。 「人が集まるから早く行こうぜ」 波太郎に急かされて前に向き直ろうとしたその時、視界の隅で何かが動く。 「……この、人の皮を被った鬼めっ! 畜生! 惨いことをしやがる!!」 突如響いた声に一同足を止める。 瓦礫の下から血塗れの男が這い出してきて、こちらを恨みがましそうに睨む。男の焦げた着物は上等なものではないので、下男だろうか? だとすると……。 「慎さんがしくじった!」 手を叩いて喜ぶ波太郎の横で、慎さんは眉間に皺を寄せた。 下男下女たちの殲滅は慎さんの役目だ。 「お偉いさんのいざこざにどうしてワシらが巻き込まれないとならん? どうしてだっ?!」 男は喚く。涙を流し、唾を飛ばして。 こちらに手を伸ばしてふらつきながら寄ってくる惨めな男は“どうして”とひたすらと繰り返すが、その答えを知ることは永久にないだろう。 「生きてりゃあ教えてやるさ」 とっと駆け出した慎さんは刹那の間に男の間合いへ入り、脇差を抜いた。 音もなく振るわれた刃は男の首を薙ぎ、鮮血を派手に噴き出させる。 「うぅぅ、」 地面に倒れて呻く男の頭に片足を乗せた慎さんは、刀身についた血を払いながら言う。 「お前ら弱者にとって俺たちは変災なようなもの。疑問を持つな、ただ受け入れろ。俺たちはただ殺すだけだ」 そうだ、慎さんの言う通りだ。 この男はこの屋敷にいたからたまたま殺されてしまうだけ。 「カッカッカッカッ!! おい滝ぃ、もう聞こえてはおらんじゃろ~」 「変災とはまた的確な表現をしますね、滝口さん。やっぱり頭の良い人は言うことが違うなぁ」 「ちゃんと鍛えて強かったら少しは生き長らえていたかもね!」 血の池に浮かぶ屍体に向かい、俺は冷酷に言い放つ。 「弱けりゃ死ぬさ」
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