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「油さん、大文字さん! それ!」
指で示したそこには長柄の金槌が2丁重なって落ちている。
俺の思惑を察した油さんは素早く反応した。
「葬助、荻弟! 儂の槍を持っていろ!」
長くて重い槍を急に渡され、波太郎と力を合わせて必死に支える。
油さんはひょいと金槌を持ち上げ、1丁を大文字さんに手渡したのだが……。
「私、箸より重い物は持てないんですけど?」
「何それ面白い! じゃが火事場の馬鹿力で頑張って!」
「まぁ弟の前ですし、かっこつけないとなぁ」
「その通りじゃ! この壁を滝の頭だと思って本気で叩け!」
階段を使って下に降りられないなら、外壁に穴を開けて外に飛び降りればいいだけだ。
油さんと大文字さんが交互に叩いていくと、壁に亀裂が入る。何とかなりそうだが、果たして間に合うだろうか?
「ひぃぃ! 炎が直ぐそこまで迫ってあばばばば! 死ぬー!!」
「うっさい荻弟!! あ~、誰か鼓銅を呼んで来い!」
「この度は洲堂さん、来てすらいませんけど?」
「知ってる! 言ってみただけ! うぉおぉおぉお! 死ね、滝口!!」
呪いの言葉と共に渾身の力で振るわれた槌は壁に大きな穴を開ける。
一度穴が開いてしまえば後は容易く崩れていき、壁は完全に抜け落ちた。
「よし、どんどん降りて来いよ!」
金槌を投げ、槍を引ったくった油さんが一番に飛び降りる。
「下で受け止めるから安心して降りておいで」
続いて大文字さんが。
次は俺の番だ。身を乗り出して下を見ると思ったよりは高くない。油さんと大文字さんが腕を広げて待ってくれている。
ごくりと生唾を飲み込み、足を床から離し──。
「待って葬助!」
束ねた髪を波太郎に思いきり引っ張られて尻餅をつきそうになる。
「何しやがる! 危ねぇだろ!」
「あ、いや、ごめん」
「じゃあ先に行くぜ」
「だーっ!! 葬助っ!」
「だから何だよ?! 殺すぞ!」
波太郎はもじもじと、両の人差し指をつつき合わせてはにかんでいる。
……まさか。
「なぁ、一緒に飛び降りてくんない?」
やっぱりか!!
「そーいえば、荻弟って高い所駄目だったんじゃないのか?」
「あ、そうでした。……おーい、波太郎。頑張って飛び降りといで」
緊張感がまるでない会話が下から聞こえてきて腹が立ったが、炎は既に部屋の中まで侵入してきている。
「“せーの”で行くからな」
「あ、ああ!」
波太郎の手を取ると、ヤツは力強く握り返してきた。恐ろしいのだろうが、心が落ち着くのを待ってはやれない。炎の気配が真後ろまで迫っていて、熱い。
「せーの!」
そう言って床を蹴った──途端。
「や、やっぱり無理ぃいぃい!!」
「は? うわっ!」
波太郎の両腕が腰に巻きつく。
おいこら! いくら受け止めてやると言われても、こんなに密着していたら下のヤツらが困るだろうが!
「げっ、くっついて落ちてくるんですけど」
「荻弟、荻兄が抱えて飛んでた方が良かったんじゃね?」
いや、呑気かっ!
……こうなったら仕方ない。
「波太郎!」
「へぁ?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を見上げる波太郎。俺は一切の躊躇を捨てて、ヤツの額に頭突きを食らわせた。
ちなみに俺はよく“石頭”と言われる。
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