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テンショウ:過去の話
天正××年、秋。
もっとも親しくしていた侍女が、城から離れる妖狐・紫野に最後の見送りに来てくれた。
「ねえ、紫野。私がーー様をお守りするから、紫野がーー様の博多を見守ってね」
秋もすっかり深まり、数ヶ月前までの激闘の日々が嘘のように静まり返っている。
戦乱で焼け野原になった博多の町も、割れた瓦を塗り固め、商人たちが再び力強く街を再興し始めている。
豊臣秀吉による九州征伐の後、この城は別の大名の管理下に降ることが決まった。
紫野の女主人の婿は男たちとともに、すでに新しい城へと向かっている。
今やこの城には、名残を惜しむーー様付きの女たちだけが残り、城の最後の片付けをしながら時を過ごしていた。
紫野の目の前にいる女はーー様の侍女だ。
長いようで短い時間、同じ女主人の元に支えた妖狐と侍女。立場は違えども、お互いーー様を敬愛していることに代わりはない。
「ーー様は、今、何をしておいでか?」
紫野の問いかけに、侍女は肩をすくめて城を振り返った。
「お寺の方と、御母上様と一緒よ。今後のーー様の供養についてお話されていたわ」
「供養……か」
夕日を浴びた城も仰ぎ見る山城も、もう半年前のようなざわめきはない。
たった数年で、色んなことが変わってしまった。
「この狐耳も、もうお別れかあ」
侍女は紫野を見て、そして別れを惜しむように狐耳を撫でる。
「寂しくなっちゃうね。紫野までいなくなっちゃうのは」
「仕方ないさ。俺もひと段落ついたら離れなければならなかった。いずれ来る別れだったんだ」
「紫野……」
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