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「あやかしは人間社会に無理に生きずとも、『彼方』に行くことだってできる。それなのに死にかけても『此方』にとどまるって事は――理由があるんだろ?」
「……」
「おおかた……自分を飼ってくれていた人間に未練があるってところか」
「……そうだ」
そのときごほ、と猫さんが血を吐いて倒れる。
「猫さん!」
思わず駆け寄れば、猫さんは人の姿を失い小さな黒猫になっていた。
「……限界だったか」
大濠公園の街灯に照らされ、猫さんのビロードのような黒い毛並みが苦し気に上下しているのが見える。
篠崎さんは彼を黙って拾い上げ、私に抱えさせてくれた。
猫さんは私の腕の中で丸くなる。少しだけ、辛い呼吸が穏やかになった気がする。
「あんたは霊力が駄々洩れだから、触れているとあやかしは心地よいんだ」
「そうなんですね。役に立てるならよかった」
猫さんは、私の腕の中で丸くなったまま人の声で話し始めた。
「俺は……あの人の家を、守り続けたかった」
それから猫さんは途切れながら語ってくれた。
遠い昔から代々、ずっとひとつの家を猫又として見守ってきたことを。
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