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「人間とあやかしはあくまで別の存在。腹がすいている獣が、己の理性だけで「指一本だけ食べてあげよう」なんて留められるか?」
肝がぞっと冷える心地がする。
襲われた時よりずっと怖くなった。私は彼に尋ねた。
「……じゃあ、どうすれば……」
「助ける方法はある。いったん、臨時に使役契約を結んでやれ」
「そんなこと、私が……?」
「ああ。こいつが就職して、人間社会に居場所を作り、霊力が自力で満たされるようになるまで。もちろん、その後解放してやるもやらないも自由だ。井ノ中ならできる。自分の持って生まれた能力を活かして、その猫を救うことができる」
篠崎さんの大きな手が肩に乗る。その手は優しくて温かいと感じる。
猫さんは力のない体を起こし、期待に満ちた目で私を見上げた。猫さんの金瞳が私を射抜く。
「やります」
「上出来だ。……俺の言葉を真似して、肚の中に力を籠めろ」
耳元で篠崎さんが私に囁く。
その言葉を私は復唱した。
『井ノ中楓の血と名に依って命ず。我の命続く限り、汝我の使役となれ』
猫さんを抱いた私の腕の中で、温かな光が輝く。
猫さんの毛並みが黄金色にざわり、と輝き、そして艶やかな黒猫へとよみがえっていく。
にゃあ、と小さく鳴く。
弱弱しかった体にみるみる精気が戻ってきて、少し重みさえ変わってきた気がする。
命の復活に、ぞくぞくと背筋が震えた。
「猫に名前つけてやれ」
篠崎さんが囁く。
「――名で、猫に新たな人生を与えろ」
「えっと……」
私は猫さんを見た。
「夜さん! あなたの名前は、夜さんです!」
猫さんはにゃあ、とひと鳴きして――そして、再び男性の姿に戻った。
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