第1章/猫又男子のお仕事探し

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「あ、定時」  プリントアウトしたExcelデータにマーカーを引いていくという至極無駄な作業を行っている最中、顔を上げたところでぴったり18時を指した時計と目が合った。 「井ノ中、タイムカード切っとけよ」  社長はパソコンのディスプレイに目を向けたまま声をかけてくる。  彼は自社ブログに長々と人生訓を書いている最中だ。ちなみに弊社は商社。  社長が先代から譲り受けた財産と人脈を食いつぶしてどんどん社員に逃げられている。大学時代の先輩にメッセージアプリで愚痴ったら『よくある中小企業だね』って同意された。やっぱりね。  爆発すりゃあいいのに。  思いながら私は一人、内心でクスリと笑う。  前はこんな風に心の中で毒舌を吐くこともできなかった。  なんだかんだ悩みながらも、この会社に馴染めない自分の方が『普通』じゃないと思いこもうとしていたから。  けれどやっぱりこの生活は『普通』にしたくないし、この会社も当然『普通』にしたくない。  絶対辞めてやる。思いながら言われるままに立ち上がり、扉近くのタイムカードへと手を伸ばす。  切る前にもう一度、私は社長へと向き直る。
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