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「……辞めさせてくれたのは、もしかして篠崎さんですか?」
言葉では返事をせず、ぺろりと舌を出す。成人男性がそれをやっても魅力的に見えるのだからずるい。
「辞めさせといて私の意向を聞くって、それはないですよ」
「や、一応聞いとかねえとな」
「さっき篠崎社長、弁護士に釘さされてた」
「えっ」
膝の上で猫の姿であくびしながら夜さんがいう。チッと、篠崎さんが舌打ちする。
「いうなバカ」
「にゃあ」
猫だからわからない、そう言いたげな白々しさで私の膝で丸くなる夜さん。毒づきながらも顔が笑っている篠崎さん。なんだかあまりにも和やかな光景で、私はつい笑ってしまった。
疲れていた肩が軽くなる。
こうして、仲良さそうにしている夜さんと篠崎さんの関係を見ていると、あやかし皆がこんな風に、素直に過ごせる世界を作りたいと思う。『此方』では普通として扱われない存在が、普通に過ごせるお手伝いをしたい。
私は自分の手のひらを見た。
会社では私なりに、たくさん資料を作って、たくさん仕事をして、たくさん貢献してきたつもりだ。
けれどこんなやりがいなんてちっともなかった。
でも、それが普通だと思っていたから。
普通だから、我慢しなきゃと思っていた。
けれど。
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