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「魂はそれなりに、生まれ持って与えられた手札で生きていくしかないんだ。今の時代は、就職活動して、生きる場所を変えられるような時代だからいいじゃねえか。それがある程度だったり、運だよりだったとしても。家や血に縛られる以外の生き方がなかった時代じゃない」
「……」
「あの女(ひと)を思い出すたびに、俺はいつでもそう思うよ」
私はなんだか少しだけ胸が苦しくなる気がするのを、缶コーヒーを飲み干すことで押し流す。
篠崎社長の心にはずっとその女性への敬愛がある。
一族が途絶えて霊力を失い寂しくて苦しんだ夜さんのように、苦しかった時期もあるはずだ。
それでも彼は、彼女が『此方』を失ってなお、篠崎社長は彼女の為に生きている。
盗み見るように、私は篠崎社長の横顔を見る。
風にそよぐ前髪、ふわふわの狐耳。
最初はただ異質でびっくりしたその容姿も、今ではすっかり見慣れたし、私の社会人人生にすっかりなじんでいる。
一緒に二人で営業に出るとき、他の誰にも見えない狐耳としっぽが、私には見えているのだと思うとちょっと優越感すらある。
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