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「ええ、はい。いえ……大丈夫です。はい」
電話越しに頭を下げると、赤いモヒカンがユサユサと揺れる。それを冷ややかな目で見つめていた達也は、先ほどの電話とのギャップにため息をついた。
足を組み、もっと乱暴な言葉を使っていた。バンド仲間との電話と、おそらく仕事関係の電話とで、態度を使いわけている。
ハッキリ言って恥ずかしい。母親のこの姿は、誰にも見られたくない。そのため、家に友達も彼女も連れてきたことが一度もない。
母親は昼間、普通の会社員として働いている。最近は役職もついたらしい。忙しそうに毎日を過ごしている。
「ごめんね、たっちゃん。また仕事が入っちゃって」
「あ? またかよ」
母親はスーツに着替えると、ウィッグを頭に嵌めて、化粧台の前でメイクを始めた。昨夜とは違うピンクのリップが、女性らしさを醸し出す。
隠すくらいなら、辞めればいいじゃんと、心の中で毒を吐く。
「……飯は?」
「どうかなぁ。夜御飯までには帰れそうだけど」
今日は日曜日で休みなのに、仕事に出かけるらしい。高校生になった達也も、捻くれてはいるけれど、その辺の事情は理解しているつもりだ。
「なんか適当に買って、食っとくわ」
「……そうね。遅くなるかもしれないから、好きなもの食べて」
クシャクシャに丸めた千円札が放り投げられる。メタルバンドの片鱗が、時々顔を覗かせる。
それよりも、少しだけいつもより艶の良い、母親の顔を見る。仕事と言いながらも、どこかフワッとした雰囲気を感じ取る。
「……まぁ、ゆっくりして来いよ」
「……うん。ごめんね、ありがとう」
恐らく今日は深夜まで帰ってこない。仕事終わりに彼氏に会うつもりだろうと思った。
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