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達也の母親は、十八歳で達也を産んだ。父親はどこかへ行ってしまったらしい。以来、バンドのボーカルと、社会人と、母親の三つの顔を使い分けている。
達也の前では優しい母親だ。仕事も家事もこなしている。
しかし生活は苦しい。
バンド活動も、それなりにお金が掛かる。
会社には、バンドのことを内緒にしているらしい。
知っているのはバンドのメンバーと達也だけだ。祖父母さえも知らないことだ。彼氏が音楽関係者だと推測した理由も、そこにある。
とはいえ、万が一ライブ会場に知り合いが来ても、あの姿を見て脳内で一致する人はいないだろう。そのうえ、母親のボーカルとしての異名は、『箒頭のジェニー』だ。
本名は純子。
微妙にかすっているだけである。
面倒くさい生き様だと、つくづく思う。バンド活動も、断るのが下手な母親は、どうせ付き合いでやっていることだと思っている。
本当の母親の姿は、達也しか知らない。
誰もが母親の装う姿を見ている。
はたから見れば、ストイックな生き方なのだろうか。言葉の響きも、その生き様も、見方によってはカッコいいけれど──。
「おい、待てよ」
達也は舌をペロッと出して、指さした。
「あら、ごめんね。ありがとう、たっちゃん」
机の上に、母親の丸いピアスが転がった。
三十代半ばに差し掛かる母親は、周りの親よりは若い。しかし、そろそろ疲労は隠せない。
昨日ライブを観に行ったのは、父親になるかもしれない相手を探しに行っただけではない。
──いい歳こいて、なにやってんだよ。
そんな気持ちを抑えきれなかったからだ。
最近は仕事も多忙を極め、目に見えて疲労を抱えている母親。そのうえ、真剣な交際ときたものだ。
願わくば、彼氏が仕事だけでも楽ができる相手だったらと、淡い期待も込めてのことだった。
そして、できることなら。
苦労の元凶であるバンド活動も、そろそろ終止符を打ってほしい。そのきっかけになってくれることも、密かに期待していたのだった。
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