かたっぽずつの恋

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かたっぽずつの恋

 ヴィクトリア旋風でもう一つ変わったことがある。  それは宮廷晩餐会が月に一度催されるようになったことだ。  正確には王妃の提案で、ヴィクトリアがそれはやるべきです、と男性陣の重い腰を上げさせたものである。 「殿方はおなかの探り合いなどと敬遠いたしますが、どのみち貴族など裏でそれぐらいの腹芸はなさってしかるべきでしょう?どうせなら堂々と表舞台でやっていただいた方がよろしいのではないかしら」  穏やかに見える王妃様も裏ではいろいろ暗躍していそうである。 「服装や持ち物で急に羽振りの良くなった者はいないか、知識や教養や言動、お酒で軽くなったお口も役に立つかもしれませんわ」 とヴィクトリアが賛同する。 「なるほど、不正や賄賂(わいろ)を受け取ってはいないか、人事考査や適性診断、浮気の素行調査もかねていると」  ライヴァンが一考の価値ありと即座に考えを巡らし、一部のものを除いて異論はないとされた。 「人妻に手を出すような不貞の輩もいるかもしれないしな」 (ライ……そこで私を見るのやめて) と、誰かさんの顔は非常にひきつっていた。ヴィクトリアの視線がたまらない。 「それだけではありません。出会いの場という意味もございます」  親公認の見合いの場、いわゆる貴族式合コンである。  規模を小さくし、数か月に一度のサイクルで招く人数に分散して、会場には諜報員を紛れ込ませる計画が、氷の貴公子と女性タッグをメインにみるみると出来上がっていった。 「リアーネも十八になるのですもの。そろそろ素敵なお相手を探してさしあげたくて」  と王妃が言うと、 「えー……まだ早いんじゃないかな」 「やっと堂々と会えるようになったばかりだぞ」 と、王太子と王が文句を言う。涼しい顔だが同じことを考えている者もいた。 「あら!シャルロッテのことは早々にお嫁に出す癖に」  娘の結婚を勝手に決められたことをあてこすった王妃から、王が目をそらした。 「ま、まだ三年はある」 「リアーネ様も立派に跡継ぎを産める適齢期ですもの。一番美しいときに花嫁姿を整えて送り出してあげるべきですわ」  シスコンは卒業なさいませ、めっとたしなめられて王太子も撃沈。 「わたくしもかわいらしい娘を産んで差し上げますから」 と言われてまんざらでもない顔をしているが、わたし『も』の部分を思い出してちょっと目が泳いだ。 (どいつもこいつも役立たずだ)  王と王太子に対して向けられる時期宰相有力候補の目は冷ややかだった。 「リアーネ様もすっかり女性らしくなって」  腰のあたりから漂う色香が………むしゃぶりつきたくなるような白いうなじが………などという女性陣のきわどい話題に、こっそり聞き耳を立てている男の顔と名前をすばやくチェックしたあと、視線の一撃で殺したライヴァンは、会議の散会を粛々と告げた。    *** 「あの、ヴィクトリアさま……。ちょっとこのドレス大胆ではないでしょうか」  そろそろとリアーネが発言する。  どうにも背中や胸元が心もとない。 「頼りないことをいってはダメです。もっと堂々となさって。大丈夫、あなたには鬱陶しいお目付け役がいらっしゃるのですから、変な男をむざむざ近寄らせるようなことはありません」 (確かに王様もアルお兄様もやたらと男に気をつけろとおっしゃるようになったわよね)  リアーネのエスコート役をめぐっての親子喧嘩の話を思い出して、リアーネはくすぐったいような顔になった。  ヴィクトリアは意味ありげに、 「それにねぇ」 と人差し指を立てて唇のはしにあてた。 「そろそろ動いてほしいところなのよね……。人を送りこんで裏で求婚の話をにぎりつぶしたり、こっそり贈り物をチェックしたり、腹黒いことばっかりしてないで正攻法に転じてくれないかしら」  リアーネには全く意味が分からない。 (王様や王太子がそんなことしてるの?まさか……でも最近の様子を見てるとありえそうなのがこわい……)  リアーネは精神安定のために考えることを放棄した。  晩餐会とは言っても立食形式で移動は自由だ。  ダンスをできるように中央に円形のステージが広くとられている会場を見回して、リアーネはライヴァンが一組の貴族夫妻と会話をしている光景に目を止めた。  上品そうな女性の腕には一歳くらいの可愛い女の子が抱かれている。  リアーネの視線がそこで固まっているのを見て取ったヴィクトリアが、にんまりと笑った。 「早速いきましょう、リアーネ様」 とリアーネの手を取り、あろうことかライヴァンのもとへいざなった。  王太子妃に逆らうわけにもいかず、戸惑っているうちにリアーネはあっという間に彼らの前に立っていた。  怪訝そうな顔で振り返ったライヴァンは、リアーネを一目見るなり「うっ」とうめいて嫌な顔をした。その態度にリアーネはちくっと痛みを覚える。 (そんないやそうな顔しなくたっていいじゃない) 「はじめまして。エネリー様のご両親でしたわね。そちらのかわいらしいお子様が?」 『お前の旦那の不貞の隠し子だ!』と叫ばなかった自分をライヴァンは忠臣の鏡だと思う。 「ええそうですの。エイミーと言って、ライヴァン様とエネリーの娘ですわ、王太子妃様」  知らぬはまこと幸せなことに、婦人が孫を自慢する。 「ええ、ええ。本当にかわいいわ。わたくし子どもが大好きですのよ」 「あら王妃様だって、そろそろ」 「きゃぁ奥様、はずかしいですわぁ」  いくつになっても女性はかしましいのだ。輪の中に入れないリアーネは、不意にライヴァンに腕を引かれた。 「少し肌を見せすぎでは?」 「今日はそんなに冷えるわけではないから平気です」 「そういう意味じゃないだろう」  ライヴァンのこめかみがぴくぴくしているのを横目でちらっと見て、ヴィクトリアはしてやったりと人の悪い顔をした。 「あらあらそうでしたわ、このドレス。ショールと合わせると華やかになりますのよ」  ヴィクトリアの目配せ一つで、侍女が白いレースのショールを手にやってくる。  あらかじめ用意していたに違いない手際の良さで、それをふわりとリアーネの肩にかけ、ヴィクトリアは挑戦的にライヴァンを見た。 「感謝してくださってもよろしいのよ」 「まだ少し透けている。なぜレースなんだ」  なにやら知らぬところでライヴァンが弱みを握られている気がしてならない。 「あらぁ、余裕がないのね。仕事の時とはまるで別人ではございません?」 「王太子妃もしっかり手綱を握っててください。もうあんな目にあうのはこりごりだ」 「抜かりはなくてよ」  あはは、うふふ、と談笑する二人にいつの間にこんなに仲良くなったのかと、蚊帳の外におかれたリアーネは面白くなかった。  そこにいつものようにおだやかな笑みを浮かべたアルドベリクが登場した。 「楽しそうだね。わたしも入れてもらおうかな」 「いまライヴァン殿のお子様を見せていただいていましたのよ。ほらみて、この手足。ふくふくでかわいらしいでしょう。  わたくし抱っこしてみたいのですけれど落としてしまったらと思うと怖くて。あなた、一緒に抱っこしてくださらない?」  ヴィクトリアのお願いにアルドベリクは妻を見て驚いて、そして涙ぐんだ。 「……喜んで」  ライヴァンは少し離れて、そんな王太子夫妻の様子を見守っていた。  そのとなりでは、なぜかリアーネもぼうっとエイミーを見ている。  ライヴァンはぽつりと言った。 「あなたの小さなころを思い出します」 「ええ?わたしあんなに小さくはなかったでしょう?」  ライヴァンは自分の手をじっと見た。小さな手であたためてくれたあのぬくもりは、もう思い出すこともできない。 「……失くしたものはもどらない。あの頃に戻れたらいいのにと」  それを聞いたリアーネは、ライヴァンが亡くなった妻のエネリーのことを言っているのだと思った。  だから思考をじゃましないように、そっと彼のとなりでエイミーを見ていた。  ぱん、とヴィクトリアが手をたたいた。 「そうだわ!せっかくだからリアーネにダンスレッスンの成果を見せてもらいましょう」  リアーネはあわてて両手を顔の前で交差させて、 「無理です!」 と泣きそうになる。 「あら謙遜しないで。マナーレッスンの先生もダンスレッスンの先生もほめていらしたもの。……ライヴァン殿、お相手をつとめてさしあげて」  お願いの形をとったヴィクトリアの命令に、端正なライヴァンの顔がひきつる。 「ええ?なんでライなんだい?わたしだって踊りたいよ」  アルドベリクが口をとがらせる。 「ででででは……!アルお兄様とライヴァンでどうぞ!」  リアーネの発言に一同がシーンとなった。 「リアーネ様、ちょっとそれは……」 「わたしほんと無理です!お願いします!なんでも言うこと聞きますから…!」  てのひらを顔の前でこすり合わせて必死の懇願ポーズだ。  ヴィクトリアはみっともなく懇願するリアーネを見て、 「仕方のないこと。せっかくのチャンスなのに」 とあきれたようにつぶやいた。  それから、男ふたりを見やって鉄槌を下した。 「踊ってきたら?」 「ヴィッキー……いくらなんでも」 と、アルドベリクが情けない顔になる。せっかくのお顔が台無しである。  ライヴァンはうらみのこもった目でリアーネをにらみつける。  ひぃっと声にならない悲鳴をあげたリアーネは、次の瞬間ライヴァンから人差し指をびしっと突き付けられて固まった。 「約束は守りなさい」  え?とみんなが怪訝な空気をさまよった。  ライヴァンがアルドベリクの腕をつかむと、ひっぱっていく。 「え、うそだろ!?」  ライヴァンはそのまま円形のステージのど真ん中を陣取ると、向かい合ったアルドベリクの腰に手を回して、もう片方の手をとった。  アルドベリクは親友の本気を感じ取って青ざめていたが、そのまま曲に合わせてやけくそ気味に踊りだした。  優雅なワルツの調べだけが会場に流れる中、ぽかんと見守る招待客の注目をあびながら二人は見事踊り切ったのであった。  アルドベリクは悄然としたおももちで「なんて日だ……」とつぶやいた。 (なんで?…わたしなにかライヴァンと約束したっけ……)  リアーネは、むすっとしていて一目で不機嫌とわかるライヴァンからそうっと距離をとった。会場がぐんと冷えた。 「なんだったんだあれ?氷の貴公子だろ?」  会話が耳に飛び込んできたのはその時だ。 「さあな。最近のあの人ちょっと変わったよ。今日だって子連れでさ」 「乳母でも探してんじゃないのか?それか女の気をひくためとか。女は子どもに弱いからな」  リアーネはむっとして、彼らの方をにらんだ。  しかし酔っているのか、彼らは声が大きく響いていることにも気づかず自分たちの話に夢中だ。 「新婚早々寡夫なんてついてないよ。どうせなら子どもが生まれる前ならよかったのに」 「子どもだって母親がいなきゃ不幸だしな」  アルドベリクとヴィクトリアの顔色がみるみるうちにどす黒くなっていった。    ばしゃっ。  液体がぶちまけられる音が会場に響いた。  被害を被ったのはさきほど上機嫌に会話をしていた二人の貴族。 「な、何するんだ」  彼らの前に仁王立ちになっていたのは、……リアーネである。  彼女がグラスの中のシャンパンを勢いよくふたりに見舞ったのだとだれもが理解した。  リアーネは手にした空のグラスをぐっと握りしめたまま叫ぶ、 「エイミーは不幸なんかじゃない!不幸であるわけがない!」  ライヴァンは凍り付いたように動けなかった。  シャンパンまみれにされた二人の男は激高して、リアーネにつかみかかろうとした。  それをとめたのはアルドベリク殿下だ。 「やめろ!」 「どうやらふさわしくない招待客がいたようですわね」  ヴィクトリアの目が会場の護衛にあたっていた騎士にむくと、彼らは王太子妃の意志をくんで即座に行動に移そうと動いた。  二人の男は「ちっ」と舌打ちをすると自分から会場をあとにする。どうやら相当酔っぱらっているようだった。  そのうちの一人が腹立ちまぎれに、会場の入り口に置いてある水差しとグラスの乗ったテーブルの足を勢いよく蹴飛ばした。  その時、「いやぁ!」と老婦人の悲鳴が上がった。  声につられて向けた視線の先にあるのは、よちよちと歩き回っていたエイミーに向かっていった宙を舞う重厚な。 「エイミー……!」  小さな子どもにドレス姿の少女が覆いかぶさるように重なるのと同時に、デキャンタは少女の肩に痛そうな音を立てぶつかり、床へと落ちてころがった。 「リアーネ!」  一番にかけよったのはライヴァンだった。すこし遅れて王太子夫妻が。  リアーネは衝撃から身を起こし、ふところの小さな女の子を見てほっとしたように振り返った。 「大丈夫です!エイミーはケガひとつしてないわ」  ライヴァンの顔がくしゃりとゆがんで今にも泣きそうだったので、リアーネはあわててエイミーを前に立たせて無事を確認させた。 「あ、でもちょっと水がかかっちゃったかも」  そういうなり自分の肩を覆っていたレースのショールを外すと、エイミーの頭からふわりとかけた。エイミーはきょとんとしている。 「みてみてライヴァン。まるで花嫁のヴェールみたい……」 「このバカ!」  泣きそうだったはずのライヴァンの顔がものすごく怖いものに変わり、リアーネはびくっと体を震わせた。  白い肌をさらした肩にはおそらく痣になるだろうと思われる痛々しい跡が、くっきりと残っている。  男性客のごくりとつばを飲み込むような気配がして、ライヴァンは舌打ちをした。 「アル、エイミーを頼む」  リアーネの腕を乱暴につかむと「来い!」と怒鳴った。 「ちょっとライヴァン!?」  ライヴァンの剣幕に慌てるリアーネはなにがそんなに彼を怒らせたのかわからない。 (花嫁みたいなんていったから?嫁にはださないぞみたいな?) 「なんでも言うことを聞くと言っただろう!来い!」  いうが早いかリアーネを立ち上がらせ引きずるように会場を後にした。  招待客は一連の出来事についていけずにいた。 「あの方、女性を連行するのがご趣味なのかしら……」  ヴィクトリアのつぶやきに答えられるものは誰もいなかったに違いない。  ずんずんと早足で歩くライヴァンに、リアーネはついていくのが精いっぱいだ。  これではマナーレッスンの先生に厳しく言われた淑女の歩き方なんてできっこない。  声をだしたらまた怒られるような気がして、もつれそうな足を必死に動かす。  またしても控室に引っ張り込まれた。  ばたんと無情に扉が絞められたあと、リアーネに向き合ったライヴァンはまさにブリザードを背負った氷の魔王だ。 「あなたはなんでいつもそうなんだ」  おそろしいほど低くうなるような声音である。 「あの……ライヴァン。ごめんなさい。わたしエイミーがお嫁に行っちゃうなんて言ったつもりじゃなくて」  ライヴァンは頭に手をやってばさばさと髪を乱した。 「どうして平気でほかの男に肌をさらすんだ!?痴女か!?」 「なん……っ」 (ひどい!そりゃもう王女じゃないけど、痴女はないでしょう)  瞬時に真っ赤になってリアーネはついに反撃に出た。 「そりゃわたしだって見てもらいたいのは好きな人にだけよ!!」  これは会心の一撃だったらしく、ライヴァンは刺されたような顔になった。 「でも好きな人とは結ばれないってあなたが言った!!」  言いながらあの当時の自分を思い出して、リアーネはぽろっと涙をこぼした。 (そうか。リアーネはまだシオン殿下のことが)  ライヴァンははぁっとため息をついた。 「……鬱陶しいな、あなたは」  人の心を乱すだけ乱しておいて。  人の気も知らないで。 「いっそ……いなくなってしまえばいい」  ライヴァンの声が苦しそうに吐き出した言葉に、心臓を貫かれた。。 (わたしそんなに嫌われていたんだ) 「いなくなってあげましょうか……?」  リアーネはうっすら笑みを浮かべながら、ライヴァンの目をまっすぐ見つめた。 「もう王女じゃなくて、ただのオプスクルドの民だもの。……そうよ、私はもう自由にどこにでも行けるんだわ」  リアーネの言葉にぎょっとしたのはライヴァンだ。 「それはダメだ」 「どうしてよ」 「ダメなものはダメだ!わかるだろう!」  理不尽なことを言われてリアーネの心に怒りがふつふつと湧いてくる。 「鬱陶しいって言ったわね!」 「他の男を想って泣いている女のどこが鬱陶しくないというんだ」 「他の男じゃなくてあなたのことじゃない」  リアーネがむくれると、ライヴァンは驚いた表情になった。  くっと顔をゆがめて、……そして掌で目を覆った。 「ほんとにあなたは」  ナイフすら満足に扱えなさそうに華奢なくせに。 (いつもわたしを殺そうとする)  ライヴァンのペンだこのある指が赤くなったリアーネの肩にやさしくふれた。ゆっくりとていねいに。  リアーネの体は電流がはしったようにしびれた。  次の瞬間、ぎらぎらと熱をはらんだ大人の男の目がまっすぐにリアーネをとらえていた。 「本当にいいのですか。もう後戻りしませんよ。わたしはあなたを逃がすつもりはありません」  それを正面からまともに受け止めて、リアーネは思わず腰が砕けるかと思った。 「えっちょっと待って」 「もう十分に待った」  リアーネには意味がわからない。 「心の準備がまだ」 「やかましい」  じれたようにライヴァンが一歩を踏み出す。 「ででででも……!そんなの無理……」 「私を誰だと思ってるんだ。王太子の弱みくらいもちあわせている」  しかも超特大の弱みである。  このときライヴァンは心底、あの最低王子に感謝していた。  腹黒い笑みをうかべるライヴァンにリアーネは及び腰になりあとずさるが、ライヴァンはそれを許さない。  一歩後退すれば、彼の足もまた一歩前進する。  壁際に追い詰められたリアーネはきょろきょろと逃げ場を探すのにどうしたことかライヴァンに死角がない。 「おびえなくていい。とって食いやしない」 「それ女の子を手籠めにするときの常套句よね!?」 (もうダメ!なにこれ!ライヴァンが壊れたわ)  今世界はぐらぐらゆれて崩壊しようとしているのかもしれない。とうとうリアーネはわんわん泣き出した。  するとライヴァンは急に笑い出した。  氷がふんわりと解けたかのように。  リアーネは恐怖も忘れてなきやんだ。 「確かにそうだな」  自分の望みはそれと変わらない。彼女を手に入れたい、それだけだ。 「おいで、……リアーネ」  両腕をひろげたライヴァンは、そこから動かずじっとリアーネを見つめた。  もう追い詰めようという気にはならない。  リアーネはまっすぐに自分に向けられているライヴァンの視線にとらわれ、息をするのも忘れた。  いまなにが起こっているのだろう。  さっきまであんなに怒っていたくせにどうして。  愛しむように甘くて、なのにその目の奥に欲を感じる。 (いいの……?)   リアーネは躊躇しながら、はじめてライヴァンに向かって一歩足をすすめた。  絡みつくような視線を感じながら、もう一歩。  じれったいほどの時間が流れる間も、ライヴァンは辛抱強く待った。  ついにリアーネが自分の胸にこつんと額をあててきたとき、ライヴァンはようやく笑みを浮かべた。  王女と身分を明らかにしてからも、かたくなにシルヴィと呼び続けた自分の真意をいまさら理解するなどと、誰が思うだろう。  ほしかったのは王女としての彼女じゃない。自分の手をとり暖めてくれた、笑顔を向けてくれた彼女。  背中に腕を回して逃げられないように閉じ込めると、リアーネはゆっくりと顔を上げた。目に涙を浮かべてまっかな顔をしている。  片っぽずつだった恋が、ようやく今交差した。 「遅い」  ライヴァンが額を指でピンとはじくと、腕のなかでリアーネが、 「いたっ」 と涙目になった。(終)
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