第二章 ライヴァン・コーデォニアル

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 アタニア国の王女とアルドべリク殿下の一週間にもわたる婚姻の儀はつつがなく終了して、夜に開かれるお披露目パーティーを残すのみとなった。  式には参列しなかったリアーネもこの日だけは出席するようにアルドベリク直々に招待された。 『これぐらい贈ってもいいだろう?』というメッセージのドレス付きだ。 「きれいな色ですね」  初めて着付ける華やかなドレスにミーレンのテンションはうなぎのぼりで、はりきって髪の毛のセットにずいぶんと時間を取られた。正直これだけでぐったりだ。  ミーレンが「いじりたりない……、不完全燃焼だ……」とつぶやいているのをうっかり耳にしたリアーネは早々に会場に向かおうとして、テーブルの上にある小さな箱に気が付いた。  開けてみるとなかには大粒のパールのイヤリングが入っている。 「ミーレン、これは?」 「アルドベリク殿下からのドレスと一緒に届いたんです」  リアーネは従兄の金銭感覚に呆れた。ドレスだけでもかなり高かったであろうとわかるのにこんなに大粒の真珠まで。  留め具の部分を指でそっと摘まみ上げると、鎖で連なったパールがゆれていた。  鎖の部分にまで凝ったデザインでかなりのものだとわかってしまった。 (花嫁を差し置いてなに贈ってきてるんだ、アルお兄様は。)  リアーネの頬がひきつりそうになる。  お金に困ったら売ろうかしら…とリアーネはよからぬことを考えて、慎重に耳につけた。   ***  耳元でしゃらりと揺れるパールがくすぐったい気分にさせる。  あまり派手なことは好まないオプスクルド王ではあったが、王宮の広間は他国にひけをとらない立派な装飾がなされている。  パーティーはアルドベリクとアタニア国から降嫁した王女の登場とともにはじまった。リアーネはもちろん王族席ではなく、会場の隅でひっそりと壁の花に徹した。  アタニアの王女は華美ではなく落ち着いた雰囲気の女性だった。  ときおりアルドベリクの腕に触れ、なにか質問をしてはその答えに顔を輝かせたり笑ったりしていて、リアーネはふむふむと小姑目線で点数をつけた。  王宮に知り合いは多くない上、ここ数年ちかくはほとんど王族以外と没交渉のリアーネは時折向けられる「あのこ誰?」の視線にほとほと疲れ果てた。  早く館に戻ってこの窮屈なドレスを脱ぎ捨てたらどんなにすっきりするだろう、とそれだけを希望に耐える。  だからその人が声をかけてきたときのリアーネは迂闊ではあった。 「お前、リアーネか」  え?と振り返ると、いつの間にか背後からリアーネを見下ろしている傲(ごう)岸(がん)不遜(ふそん)を絵にかいたような、若い男が立っていた。 「どなたですか」  失礼を承知でおずおずと見上げれば、男はにやにやとリアーネの全身をなめるように見ているのがわかった。視線だけでこれだけ不愉快にさせるとは大したものだ。 「なんだ、わからないのか。俺はリンカインの王子だよ」  げっといいそうになったのをとっさにのみこんだ自分をほめてやりたい。  それは第一王妃に繰り上がったリンカインの息子、リアーネの異母弟らしい。  年下のくせにずいぶんと上から目線である。実際リアーネより背が高い。 「へぇ、割と美人に育ってるな。みたところ一人だけどエスコート役はいないのか」  リアーネは何も言い返せなかった。こういったパーティーは貴族令嬢に付き添いがいる。婚約者がいれば婚約者が、いないものには家族か身内が。  リアーネにはだれもその役目を申し出てくれる人がいなかったため、こうして壁の花に徹しているというのに、わざわざ痛いところをついてくる。 (蹴っ飛ばしていいかな。……だめだな)  リアーネはにこっと笑って適当に追っ払うことにした。  リアーネの心の底からの作りもの笑顔に、リンカイン王子はなぜか固まった。  相手がひるんだことを見てとったリアーネはすかさず、 「気にしてくれてありがとう。アルドベリク殿下のお祝いに来てくれたのでしょう?わたしのことは」 放っておいてくれて結構よ(いままでどおり)、と副音声付きで伝えようとしたのだが。  異母弟はリアーネの腕をいきなりつかんだ。  そのまま引っ張られてリアーネはバランスを崩した。  こんなところで無様に転びたくない!とあわあわとリアーネの腕が宙をさまよう。  そのときぐっとその手をとる人がいた。 (助かった……!)  くそ王子め、どうしてくれようと顔をあげてリアーネはぽかんとした。  そこにいたのはリアーネの腕をつかんでいるライヴァンであった。    ***  そんな気がしていた、とライヴァンは久しぶりに苛々(いらいら)する羽目になっていた。  パーティー会場に現れたリアーネは、かなり注目を集めていた。  本人がこそこそと壁際に移動して『話しかけないでください』とはっきり態度で示しているにもかかわらずである。  特に年頃の男などリアーネが気もそぞろにぼんやりしてるのをいいことに、堂々と視姦する始末。 (アルドベリクの阿呆が。あんなドレス選びやがって)  忘れな草の淡い色合いのドレスはリアーネの成長過程にある色気をほんのりと引き出しており、将来を期待させるのに十分なものだった。  さらに今日のリアーネは大人のように髪を結いあげておりやたらと手の込んだセットをしているのだが、こぼれおちたおくれ毛がえりぐりのあいた白い肌にはらりとおちて目の毒だ。  ライヴァンは思わず舌打ちをもらし、談笑中のアルドベリク夫妻を驚かせてしまったのだった。  本当なら付添をつけたかったが、リアーネを任せられる適任が見つからなかった。  リアーネのことを知るのは高い身分の貴族ばかりだし年配者しかいない。彼らの息子にまかせるなんて、リアーネを政治の道具にされることを避けたいのに最悪である。  リアーネはシャンパングラスを受け取ってシャンデリアの光にすかして、ちょっと口をつけて渋い顔をしてみせる。不慣れな様子を自分から申告するのだから、不埒な輩に目を付けられるのも時間の問題に思えて、ライヴァンの怒りはすでに天井に達していた。 (早く終わってくれ、こんなパーティー)  側近にあるまじきことをぐるぐる考え、イライラしながら時折リアーネの様子をうかがっていたライヴァンは、とうとう自分の予想が的中したことを知る。 「ライ?」  アルドベリクが彼の名を呼んだ時、ライヴァンはすでにその場から会場の片隅の花に向かっていたのである。
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