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第二ラウンド開始のゴングが、橋本の頭の中で響き渡った。訂正すればするほどドツボに嵌りそうで、これ以上弁解できないと悟り、眉根を寄せながら仕方なく口を引き結ぶ。それを横目で見た女が、大きな胸を強調するように腕を組んで、得意げに語りかけた。
「躰がごつごつしたまーくんよりも、女の私のほうが気持ちいいに決まってるでしょ! このナイスバディを使って、おじさんを天国にイカせてあげるわ!」
「陽さんをイカせるのは、俺の役目なんです。陽さんの感じるところのすべてを知ってる俺じゃなきゃ、潮を吹かせるなんてできないんだし!」
「潮を吹かせる?」
女の呟きに橋本はしゃがみ込んで、頭を抱えるしかなかった。
(――雅輝のヤツ、絶妙すぎるこのタイミングで、爆弾発言しやがった! どうしてくれよう、この事態……)
「まーくん、もしかしてだけど……、その、まーくんが抱かれてるわけじゃないの?」
「俺が陽さんを抱いて、ひーひー言わせてるんです!」
「…………」
黙ったまま頭を抱え込む橋本の前に、女がしゃがみ込んで訊ねる。
「おじさん、まーくんに抱かれて、ひーひー言ってるんだ?」
「……抱かれてることは否定しねぇけど、ひーひーなんて言っちゃいない」
「陽さんってば、俺が激しく責めたときに言ってるじゃないか。もっと欲しいくせして『雅輝ぃっ、もうやめてくれ。そんなにされたらおかしくなる』って」
そのときの状況を表すように宮本は顔を歪ませながら、饒舌に説明する。似ても似つかないその様子に、橋本は頭痛を感じずにはいられなかった。
「雅輝っ、女の前でこれ以上、恥ずかしいことを言うなよ!」
橋本は俯いた状態で、宮本に頼み込む。いろんな意味で恥ずかしくて、顔中熱くなった。
「まーくんとおじさん。三笠山のインパクトブルーに乗るふたりは、とっても仲良しだってことはわかった」
立ち上がりながら呟いた女の言葉に、橋本の躰は一気に血の気が引いた。自分はどんなことを言われてもかまわなかったが、宮本の立場を考えた瞬間に決意が固まる。静かに立ち上がって、女とまっすぐ対峙した。
「俺はコイツの隣に、黙って乗ってるだけだ。だから」
「おじさんがインプに乗ってる時点で、黙ってようが口を出そうが、一緒に乗ってることには変わりないの。ふたりでひとつなんだよ」
「お願いだ、雅輝についてのプライベートを誰にも言わないでくれ。頼む!!」
言いながら頭を深く下げた橋本を目の当たりにした宮本は、慌てて橋本の両肩に手を添える。
「陽さん、やめてよ。そんなことしなくたっていい。俺は他の人になにを言われても平気だし」
橋本の上半身を起こそうとしている宮本の力に抗いつつ、橋本は今の自分の気持ちを声を掠れさせながら説明する。
「俺が嫌なんだよ。白銀の流星として名を馳せたおまえが、誰かに後ろ指さされるのだけは我慢できない……。俺はどうなってもいいから」
吐き捨てる感じで告げられたセリフに、宮本の力が見る間に弱まった。
「おじさんの口止め料として、私と付き合うって条件を出したら、飲んでくれるってこと?」
女の信じられない言葉に、宮本は唇を震わせながら首を横に振る。やめてほしいと声に出したいのにそれができず、激しく首を横に振るしかできなかった。
「ぁ、ああ……」
頭を深く下げたまま了承した橋本。躰の脇に添えられた手が、ぎゅっと握りしめられる。
「陽さん! そんなこと言わないでよ!!」
宮本の悲痛な叫びが、駐車場に虚しく響き渡った。
「ホント、おじさんバカじゃないのぉっ!」
女が橋本に向かって、宮本以上の勢いで怒鳴った。甲高い声なので、当然周囲に響き渡る。駐車場の周りを囲む木々のざわめきがかき消えるレベルの大きさなので、驚いた橋本は頭をあげながら息を飲んで胸元を押さえた。
「え?」
怒鳴られた意味がわからず、橋本は茫然としたまま女を見つめる。なんでわかんないのよという蔑むような視線が、顔にグサグサ突き刺さった。
「まーくんがおじさんのことをこんなに想ってるのに、どうして私の誘いを受けるのかって話!」
「それは雅輝の名声が落ちるのが、どうしても嫌だったから」
「「名声なんてどうでもいいの!」」
宮本と女のリンクしたセリフに橋本は目を丸くしながら、思わず数歩退いてしまった。
「まーくん、ヤバくない? おじさんってば自分を犠牲にして、まーくんを守ろうとしてるよ」
「そーなんっす。俺は名声なんてどうでもいいのに、陽さんってば平気でこういうことをいきなり言い出すから、マジで困るんです」
「お、おい?」
橋本は意気投合しているふたりに、言葉をかけられなかった。
「おじさん安心して。他の人に秘密を広める気はないし、ふたりを応援したい気持ちがあるの」
メガネの奥にある女の瞳が、優しげに細められた。
「……本当なのか?」
「本当よ。まーくんは好みだけど、本人には振られちゃってるし、バトルでも負けちゃったから手を引いてあげる」
女の言葉に心の底から胸を撫で下ろした橋本の背中を、宮本は思いっきり叩いた。力任せに叩かれた背中の痛みで顔を歪ませながら、前のめりになる。
「陽さん、もうこんなことしないって誓ってください。俺を想うならなおさらです!」
いつもは垂れ気味になっている目尻を吊り上げた宮本に、橋本は言い知れぬ恐ろしさを感じて、後頭部をバリバリ掻きながら口を開いた。
「絶対にしないと誓う……。悪かったな」
「おじさん、本当に悪かったって思ってる? 傍から見ても、それが伝わってこないんだけど」
「おまえには関係ないだろ。横から茶々入れるな!」
「彼女の言ってることも一理ありますよ。陽さん、どうなんですか?」
橋本は両目を吊り上げたふたりの口撃に、思いっきりたじろぐしかなく、平身低頭を維持したまま、固く誓ったのはいうまでもない!
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