新たなる挑戦☆不器用なふたり番外編

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「それだけの理由で、私の後ろにはりついていたの?」  女は一瞬呆けたあと、目を瞬かせながら問いかけた。 「はい。ここの峠の走り方のお手本を、間近で見せてもらいました」 「じゃあなおさら、ダウンヒルでも私の走りを見たいと思わない?」 「雅輝っ!」  嫌なしたり笑いをした女を見て、橋本が止めに入る。宮本の腕を掴み、首を横に振って口パクで駄目だと告げた。 「見たいっす」  宮本は橋本の意見を無視して即答した。  その昔、攻略できなかった場所を上手に走る車を目の前で見たからこそ、その言葉が口を突いて出たと、橋本はすぐに理解した。だが、今は分が悪い。  宮本が熱心に走り込んでいたときと、たまに峠を流すように走っている現在では、どう考えても技術の劣化が否めない。走り慣れていない峠のダウンヒルなら、危険度が格段に跳ね上がるのは、火を見るよりも明らかだった。  そんなことを考える橋本の心配を他所に、宮本に向かって女が話しかける。 「だったらついてきて。対向車とかの調整は仲間に頼んでみるから、ちょっと待っててね。逃げないでよまーくん♡」  なぜか投げキッスをしてからワンエイティに戻り、宮本の気持ちを煽るようにアクセルをふかしてから立ち去った。 「雅輝、おまえがここを攻略したい気持ちは一応理解するが、あんな女の挑発に乗ることないだろ」 「……上手な人の走りを見たいと思っちゃ、駄目なんでしょうか」  橋本が妬きもちまじりの文句を言ってから、ややしばらくして告げられた宮本のセリフ。車を速く走らせるための手段を考えたら、真っ当な答えだと思うのに、橋本は否定する言葉が出てこない。 「陽さん……」  宮本は返事を強請るように橋本の名前を呼んでから、服の裾を引っ張る。 「雅輝の気持ちもわかるけどさ。だけどここは走り慣れた場所じゃねぇんだ、どう考えたって危ない」  ここに辿りつくまでの上りのことを思い出して、橋本はあえて指摘した。  三笠山よりも傾斜のきつい峠道――コーナーも走り屋が喜びようなS字や、リアを振り回せる感じの大きな角度のコーナーがあったりと、バラエティーに富んだ場所だった。 「陽さん、俺ね――」 「危ない走りはしないからっていうのは、当然ナシだぞ」  宮本が言いそうなことを橋本が先に告げて、見事に言葉を奪った。 「陽さんには敵わないな」  橋本を掴んでいた服の裾から手を退けようとしたら、すぐさまそれが捉えられた。強く握りしめる橋本の手によって、宮本の右手が顔に引き寄せられていく。少しだけまぶたを伏せた橋本が、爪先にやんわりと口づけをおとした。 「んぐっ!」  爪先に感じた橋本の唇の柔らかさに、宮本の躰が一気に熱くなる。普段されたことがないせいで、与えられる衝撃が半端ない。 「なんて声を出してるんだ。俺はまじないをしただけだ」 「まっ、まじない?」 「走りたくてうずうずしてる雅輝を、誰も止められねぇだろ。少しでも安全運転を心がけてくれよな」  白い目で宮本を見る橋本の口から告げられたセリフで、顔が真っ赤になった。卑猥な考えを見透かした恋人の言動に、切なさを覚える。 「陽さんってば、俺の心を見事に振り回してくれますよね。さっきからドキドキが止まりません」 「それは俺もだって。雅輝の直球を唐突に食らって、カウンターでノックアウトされてる。しかもおまえの運転ほど、心を振り回した覚えはない」  目尻に笑い皺を作って微笑む橋本に、宮本はぎゅっと抱きついた。 「雅輝、いきなりどうしたんだ?」  驚いた橋本は抵抗せずに、動かせる手を使って宮本の躰を撫で擦った。落ち着かせるように自分を撫で擦る手に安堵して、宮本は深いため息を吐く。 「雅輝?」 「やっぱり陽さんは年上なんだなって。俺が緊張してることを見越して、いろいろしてくれるじゃないですか」 「すべては無理だけどな。雅輝はわかりやすいから」 「じゃあ俺が今したいこと、わかりますか?」  顔を見ずにあえて耳元で囁いた問いかけに、橋本は一瞬うっと言葉に詰まった。 「おまえなぁ、屋外でそういう質問はいただけないと思うぞ」 「だったら屋内ならいいんだ?」  嬉しそうにクスクス笑いだす宮本に、橋本は拘束している腕を無理やり振り解き、「駄目だ!」と一喝した。 「えーっ、屋外と屋内がダメなら、どこならいいんですか?」 「この峠を無事に走りきることができたら、教えてやってもいい」  橋本のセリフで、思いっきり不機嫌になった宮本が唇を尖らせたタイミングで、ワンエイティが傍らにやって来た。 「宮本まーくん、おまたせ♡」  運転席から降りた女が、宮本に向かってウインクした。大きな胸をわざとらしく揺らすところなど、女のあざとさを感じた橋本は、辟易しながら話しかける。 「調整してる間に、俺らのことを調べたってわけか。暇人だな」  宮本の名字を口にした女の言動から、自分たちのことが調査されたのがすぐにわかり、苛立ちまかせに橋本は突っかかった。 「バードストライカーズの知り合いがいたから、ちょっと聞いてみただけだよ。ちなみに、おじさんのことはわからなかったから安心して」 「そりゃどうも!」 「こうして白銀の流星と一緒に走れるなんて、すっごく嬉しい。よろしくね、まーくん」
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