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「は?」
信じられない言葉に、背けていた顔を宮本の横顔に貼りつけると、目尻がデレっと垂れた、いつも以上にだらしない顔を晒しているのが、橋本の目に映った。
(連続した難解なコーナーを、高速で攻めながら言うセリフじゃねぇだろ。相変わらず、クレイジーなヤツだな……)
口元を引きつらせた橋本は左手でアシストグリップを握りしめ、右手で自身のシートベルトを握りしめた。車窓は目まぐるしく景色が変わり、横からいやおうなしに重力がかかってくる。必死に足元を踏ん張っても、躰がどうにも不安定だった。
しかもコーナリングのたびに聞こえてくるタイヤのスキール音が、インプの悲鳴のように峠に響き渡る。
「陽さんのシートベルトを外してから、助手席のシートを最大限に倒して、陽さんが着てるシャツのボタンを引きちぎってそ――」
尋常じゃない状況を楽しむようにハンドルを右に左に操作しつつ、卑猥なセリフを言い続ける宮本に、橋本は眩暈がしそうになった。
「おいおい、この車でおっ始める気かよ?」
「さっき陥没の端っこを引っかけたときに、インプが大きく揺れたでしょ」
「揺れたというよりも、車体が跳ねただろ」
橋本の躰に浮遊感を感じたからこそ、車が跳ねたと言葉にした。
「実はその揺れで、エッチなことが頭を過ぎっちゃった」
「おまえ……」
「早く帰って陽さんとシたい。そう思ったら最短距離で走るラインが、キラキラ光って見えるようになった」
「なんだよ、そのきっかけ。おかしすぎるだろ」
思ってもみなかったセリフで心底呆れまくる橋本を尻目に、宮本は嬉しそうにカラカラ笑った。
「その光るラインの上を走るのには、結構シビアなハンドリングやアクセルワーク、ブレーキ操作に繊細なクラッチ操作をしなきゃダメなんだ。だけどね、いつもより難しいことをしなきゃいけない今が、すっごく楽しい!」
「楽しいついでに、離れていたワンエイティとの距離が一気に近づいたもんな。あの女よりも雅輝のほうが、ここを速く走ってるってわけだ」
先ほどよりも弾んだ橋本の声に、宮本はチラリと横を見た。目尻に笑い皺を滲ませた恋人の顔を目の当たりにして、同じような声を出す。
「だけどこの短いコーナーの連続区間で、ワンエイティを抜かすことはできない。きっと彼女もそれを予測して、俺の前に飛び出て邪魔に入るはず。ワンエイティを抜かすなら、あの大きな急コーナーを無事にクリアしてからじゃないと」
「そのことも女の予測に入っていて、邪魔をされたらどうする?」
「陽さんが誰かとケンカしていたら、どうするつもりなの?」
質問を質問で返した宮本に苦笑いしながら、橋本はこれまでやってきたケンカを思い出した。種類は違っていてもバトルに違いないと考え、張りのある声で告げる。
「ここでやると決めたら、それに向かってひたすら努力する。そして狙いを澄まして、ハイキックってところだな!」
橋本が楽しげに告げたと同時に、それが目に飛び込んできた。ワンエイティは先に車体をコーナーの角度に合わせて、惚れ惚れするような四輪ドリフトをはじめる。
「陽さん……」
「いい感じのスピードにノって、ここまで来たんだ。絶対にこのコーナーを、雅輝はクリアすることができる。信じてるから」
ワンエイティから出るタイヤのスキール音を聞きながら、ハンドルを切った宮本は同じように四輪ドリフトを繰り出し、二台並んでコーナーに沿ってなだらかに走行した。いつもとは流れの違う車窓――左から右へと流れる景色と躰に感じる強い重力に、橋本の額に滲んでいた汗が流れ落ちる。
「雅輝といいあの女といい、どうしてこの状況で笑っていられるのか、全然わかんねぇ」
橋本が座る車窓の向こう側のすぐ傍にある、ワンエイティを操る女の顔と、隣で嬉しそうに微笑む宮本の様子がリンクしていることに驚愕しつつも、少しだけ寂しさを覚えた。
「陽さんってばそんなことを、悠長に語ってる場合じゃないですって。彼女の笑みが消える瞬間を教えてください」
「笑みが消える瞬間?」
橋本がオウム返しをしたら、宮本は横目でチラッと視線を飛ばす。いつもより格好良く見えるそれに、橋本の胸が一瞬で高鳴った。
「人の笑みが消える瞬間は、どんなときですか?」
「しまった! とかやっちまったぜ! って思ったときだろうな」
「そこに隙が生まれるってわけですよ!」
宮本はコーナーに沿って車体を滑らせていたインプを一瞬だけ角度を変えて、対向車線に向かってはみ出した。コーナーの出口は目前である。これらの状況から宮本がなにをするかを察した橋本が、ワンエイティの運転席をじぃっと凝視しながら様子を窺う。
「笑みが消えたぞ!」
追い越しをかけるべく、アウトラインから果敢に攻めたインプを邪魔するために、女はハンドリングで素早く体勢を立て直し、ワンエイティも対向車線に出る一瞬の隙だった。それよりも早く、インプが左から追い抜きをかける。
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