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「ねっ、ねえ! 覚えてる!? 俺のこと!」
綺麗な眉を寄せ、おかしいものでも見るような目を向けられる。いや、ほぼ睨まれている。
しまった。怪し過ぎた。
俺は胸に下げていた社員証を連続タップして見せた。
「お、俺はシステムの田端です! あの、君、駅前のスーパーでレジ打ってたよね!?」
会社制服を着た目の前の若い女子は視線を外してなにかを思い出そうと考えている。
分からないかと思ったが、すぐにピンときたようで、俺に指を突きつけた。
「あっ、しいたけ男爵!!」
「アッ、ハイ、そうです……」
もっとマシなあだ名が良かったと、俺は項垂れた。
♢
不名誉なあだ名に落胆したが、俺も人のことは言えない。駅前のスーパーでレジを打つ彼女のことを「しいたけレジJK」と心の中で呼んでいた。
名札に「須藤」と書かれているのは見えていたが。
当時、上司からいわゆるパワハラを受けていた俺は、仕事帰りに駅前のスーパーに寄って帰るのが常だった。
買うものは、家で酒のつまみになるようなもの。特に焼いたしいたけとじゃがバターが好きで、しいたけとじゃがいもを買って帰るのが常だった。
例のダサいあだ名の由来が丸わかりだ。
しいたけはパックに入っているが柔いラップに覆われていて、バーコードがそのラップに貼られていた。
そのため、いつもうまくチェッカーを通らない。バーコードがよれて、読み取れないのだ。
そのような場合、バーコードの番号を手打ちすることになる。
しいたけレジJKは、このバーコードの手打ちが神がかり的に速かった。
もう番号を覚えているのだろう。一応一度はスキャンを試みて、すぐに諦めてテンキーを打つ。
その音は「ダダダダ」と強烈で、キーが壊れるのではないかというくらいの強さと速さ。
動く指を目で追えない。
その様子はあまりにも見事で、爽快で、痛烈。俺はいつしか、しいたけレジJKのレジに並び、高速打ちを見るのを楽しみにしていた。
疲れた一日の終わり、彼女の指を見るとスカッとするのだ。よくあんなに動くものだ、と。
真っ白くて細くて滑らかで。なのにテンキーを打つときだけ機関銃のよう。
決していやらしい目で見ていたわけではない。それは断言する。
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