「おはよう」を言いたくて。

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「私やっぱり『おはよう』の言葉が好きだったみたいです。家族と一日を始める、おはようの言葉が」 「そうだね。君はその言葉をもう一度口にするために、過去へと時間を遡った。もう口にできない――その言葉を口にするために! そして、ありきたりだけどかけがえのない日常を過ごすために――」  ウルド様は立ち上がった。  「――時間だよ」と言うと、両手のひらを胸の前にかざした。  その両手から透明の青い光球が、浮かび上がり始める。  私は顔を上げると、そんな女神ウルド様の言葉を一つだけ否定した。   「ウルド様。『おはよう』は、もう言えない言葉じゃないですよ。――私が未来に戻ったら、きっと言います。目を覚ましてた時に、子供たちに――お父さんに『おはよう』って。きっと今度こそみんなが『おはよう』って返してくれると思うから」  私は立ち上がる、真っ直ぐ前を見据えて。  祈るみたいに両手を重ねる。  どうかみんな元気で。  私がいなくても幸せに。 「そうだね。それがいい。それがきっと、君が生きてきた証なんだから――」  ウルド様の両手の先から生じた青い光球が、どんどん膨れ上がっていく。  それはやがてウルド様と私を包んで、――私の周囲から情景が消えていった。    気がつけば私はベッドの上で横になっていた。  天井の蛍光灯。白い部屋。  ここは病院。私の病室。  胸に痛みを覚えながら、私は顔を横に向ける。  そこには私のことを覗き込む家族三人の姿があった。  お父さん、博貴、七海。――心配そうな顔。不安そうな顔。  女神様と出会ったって、この運命を変えることはできなかった。  でも、最後にみんなに言う言葉は、――見つけたんだよ。  だから私は、三人に向かって唇を開いた。 「――おはよう」
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