「おはよう」を言いたくて。

4/8
前へ
/8ページ
次へ
 お父さんが戻ってきて、沸いた熱湯でコポコポとコーヒーを入れている。 「お父さん、今日は何時なの? 家出るの」 「ん? 八時」 「――えええええ!? 全然時間が無いじゃない! 大丈夫なの?」 「……まぁ、なんとかなるだろ」  お父さん既に立ちながらパンを食べて、バナナの皮を剥いている。  邪魔だからキッチンで食べるのはやめて欲しい。  でも、なんでも「ながら」でやるお父さんは、何をするのも異常に早い。  コーヒーを持ってダイニングに移動すると、トーストを齧りながら着替えだした。 「あ、名刺入れどこだっけ?」 「玄関に置いてありましたよ」 「あー、そっか。あ、昨日きてたシャツ、染み付いちゃったと思うから、洗っといて」 「えぇ~。すぐに言ってよぉ。……はいはい。やっときますから、お仕事行って」 「はーい」  多分、一番子供は、この人だ。  私がいないと何も出来ない。  外で偉そうな顔をしていても、家でこんなんじゃね。  私がいなくなって、あなたがどうするのか。――本当に心配なのよ。  だから誰か別の人と再婚してくれても、いいんだよ?  私はそんなことを考える。  でもそれは悔しいから言わない。  それに今言ったって「何言ってんの?」ってなるしね。  時計の針が八時を指した。 「――やべっ」  全く子供の見本にならない慌てっぷりで、お父さんがスーツのジャケットに腕を通す。  それからミルクの入ったコーヒーを煽った。 「行ってくる!」 「はい、気をつけて〜」  ――元気でね。お父さん。これまでありがとう。  第一号が出発した。第二号と第三号は準備中だ。 「お母さん、括って」  七海が髪の毛を括るゴムを持ってくる。   「はいはい」  私が入院してからしばらくは、自分で髪の毛が括れなくて、七海は髪を下ろしたまま学校に通ったって言ってたっけ。  あぁ、忘れていた。  だったら昨日か一昨日に、教えておいてあげるんだった。 「じゃあ、行ってきまーす」 「はい、いってらっしゃ~い! 車に気をつけるのよ〜」  ――七海。つらい思いをさせるけど。あなたはもうひとりの私。たった一人の女の子。だから幸せになってね。長生きしてね。  第二号は出発した。あとは第三号。 「ほらっ! 大丈夫なの? 遅れるわよ」 「――あ、うん」  なんだか朝特有のぼけっとした様子で、制服に着替えた博貴が顔を上げる。 「――お母さんさぁ。一昨日か昨日か、なんかあった?」 「――え?」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加