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お父さんが戻ってきて、沸いた熱湯でコポコポとコーヒーを入れている。
「お父さん、今日は何時なの? 家出るの」
「ん? 八時」
「――えええええ!? 全然時間が無いじゃない! 大丈夫なの?」
「……まぁ、なんとかなるだろ」
お父さん既に立ちながらパンを食べて、バナナの皮を剥いている。
邪魔だからキッチンで食べるのはやめて欲しい。
でも、なんでも「ながら」でやるお父さんは、何をするのも異常に早い。
コーヒーを持ってダイニングに移動すると、トーストを齧りながら着替えだした。
「あ、名刺入れどこだっけ?」
「玄関に置いてありましたよ」
「あー、そっか。あ、昨日きてたシャツ、染み付いちゃったと思うから、洗っといて」
「えぇ~。すぐに言ってよぉ。……はいはい。やっときますから、お仕事行って」
「はーい」
多分、一番子供は、この人だ。
私がいないと何も出来ない。
外で偉そうな顔をしていても、家でこんなんじゃね。
私がいなくなって、あなたがどうするのか。――本当に心配なのよ。
だから誰か別の人と再婚してくれても、いいんだよ?
私はそんなことを考える。
でもそれは悔しいから言わない。
それに今言ったって「何言ってんの?」ってなるしね。
時計の針が八時を指した。
「――やべっ」
全く子供の見本にならない慌てっぷりで、お父さんがスーツのジャケットに腕を通す。
それからミルクの入ったコーヒーを煽った。
「行ってくる!」
「はい、気をつけて〜」
――元気でね。お父さん。これまでありがとう。
第一号が出発した。第二号と第三号は準備中だ。
「お母さん、括って」
七海が髪の毛を括るゴムを持ってくる。
「はいはい」
私が入院してからしばらくは、自分で髪の毛が括れなくて、七海は髪を下ろしたまま学校に通ったって言ってたっけ。
あぁ、忘れていた。
だったら昨日か一昨日に、教えておいてあげるんだった。
「じゃあ、行ってきまーす」
「はい、いってらっしゃ~い! 車に気をつけるのよ〜」
――七海。つらい思いをさせるけど。あなたはもうひとりの私。たった一人の女の子。だから幸せになってね。長生きしてね。
第二号は出発した。あとは第三号。
「ほらっ! 大丈夫なの? 遅れるわよ」
「――あ、うん」
なんだか朝特有のぼけっとした様子で、制服に着替えた博貴が顔を上げる。
「――お母さんさぁ。一昨日か昨日か、なんかあった?」
「――え?」
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