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俺には虫歯がある。だけどその『虫歯』は、世間が思ういわゆる『虫歯』とはまったくの別物だ。
この十数年、歯医者には定期的に通い、ケアをしながら健康な歯を保つ方法を教えてもらっている。歯の磨き方なども完璧だ。
そんな俺に、世間的な意味の『虫歯』はない。でもあれは違うんだ。
たまに、理由もなく歯が鳴ることがある。
鏡を見ると確かにうっすら揺れていて、この現象は何だろうと思っていたある日、歯の隙間からそいつは現れた。
黒い小さな物体。そいつが一瞬鏡に映り、すぐまた、別の歯の隙間に消えていった。
大慌てでうがいをしたが、異物丸出しのそいつは、口をすすいだ水の中には存在していなかった。
すぐに歯医者に行き、色々調べてもらったが、さっき見かけた異様な何かはどこにもおらず、知らぬ間に外へ出ていなくなったのだろうと、俺は胸を撫で下ろした。
でもそうじゃなかった。あいつは、歯医者の検査の時は、見つからないようどかに潜んでいただけだったんだ。
気づくと歯が揺れて、窺うそこにあの小さな何かがいる。
痛みや他の感触はないけれど、口の中に得体のしれぬものが存在している不快感は甚大で、磨きすぎなくらい歯を磨くようになった。だけど一向にあの何かはいなくならない。
便宜上、自分の中で『虫歯』と呼ぶようにしたあの物体。
本物の虫歯同様、絶対に奴を駆逐してまともな歯を取り戻すと、今の俺は前以上に、口内ケアに励む毎日だ。
虫歯…完
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