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え、と顔を上げると、式島は「去年の祭りの時に撮った写真を送ったんです」と涼しげに言った。
(げっ、まさか、馴染みのテキ屋から『お祭り券』を貰ったから、食べ歩きした、あの時の写真?)
「チョコバナナを美味しそうに頬張ってて、とても可愛らしかったです」
「ちょ、ば、なな……」
真っ青な顔で式島を睨みつけたが、式島は薄く笑い、湯浅に向かって口を開いた。
「で、湯浅、仕事の方はどうだ? 本命の商品企画部に配属されたんだって?」
貴幸は形の良い口角を上げ、頷く。
「ああ。営業、経営戦略部、開発、宣伝広告、色々回ってようやくだ」
「そんなにも、異動させられるものなんですか?」
雫の言葉に、テーブルが静まり返る。
す、と雫の顔から血の気が引く。
(終わった……)
「ちが、その、短期間でいくつもの部署を回される、いや、飛ばされる? なんて、あるのかな、とか、え、いや、ちが……」
口にしたフォローが全くフォローになっておらず、顔には出さないが、心の中は嵐が吹き荒れ、雫はパニックになった。
式島がテーブルの上に置かれた雫にそっと触れ「雫、あのね」とあやすように言う。
「同じ大学の人で、湯浅と同じS製菓に勤めている先輩から聞いてるが、湯浅、会議のたびに各部署のリーダーに気に入られて、俺の部署に来い、育ててやるからって、あちこち回されていたらしいんだ」
「そ、そういうことなの、すごい」
貴幸は「いえ」と口元を緩め、
「すごくないです。勉強させて頂きました」
と笑う。
こんなのもハイスペックなのに、失礼なこと言ったのに、笑って返せる余裕。
(この人、本当に……素敵だ)
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