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壱、霊山
男が霊山に足を踏み入れたのは、兄の足跡を辿るためであった。
南方とはいえ、十二月の高山は雪に覆われ、人の行く手を阻む。高くそびえる木立の隙間から覗く空は灰色に濁って、湿った雪がはらはらと舞い落ちてきた。
動物の足跡一つないまっさらの雪原を、革の長靴の跡だけが点々と続く。男が雪を踏みしめる音と、急勾配の雪の斜面を登る、荒い息遣いに、時々、松の枝に積もった雪がどさりと落ちる音が混じる。冬の陽は早くも傾いて、森には黄昏がしのび寄っていた。
数年前、方士であった兄は天子の召命に応じ、故郷を離れた。いくばくかの金子が送られてきたきり、家にはその後、何の便りもない。老親も死に、弟の二郎が兄嫁を養いながら細々と暮らしていた。そこへ突如、官憲が現れて兄嫁と二郎は都へと連行される。
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