旅、一日目

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 俺は国道四一二号線から国道一二九号線へ、次いで国道二四六号線へと入って、秦野方面を走っていた。  相変わらず山が見える景色に変わりはないけど、家の近所と似ているようで、やっぱり違う。  少しずつでも、確実に遠くへ来ている実感があった。    不慣れだった自転車も日暮れまで走ると大分慣れてきて、もう怖さはほとんど感じない。  と言うか、もうどうでも良くなったという方が正しいかも知れなかった。  炎天下を一日中自転車で走り続けた体は、どこもかしこもベタベタで気持ち悪いし、足は感覚が鈍くなるくらいに疲れ切っている。  今日はこの辺で野宿する場所を探すことにしよう。  父さん達にはできるだけ野宿を避けて、ホテルに泊まるように言われていたけど、どうせなら今までやったことがないことをしてみたかった。  俺は休憩と買い出しをするために、また車道を逸れて、コンビニの前で自転車を駐める。  自転車にチェーンとスタンドを付けてから自動ドアをくぐると、中はかなり涼しくて、たちまち汗が引いていくのを感じた。  俺は買い物カゴを手に取ったところで、ふと五百円玉と一緒にリュックの脇のポケットに入れていたスマートフォンを引っ張り出して、地図アプリを開いてみる。  今日走った距離を測ってみると、大体五〇キロ弱みたいだ。  先はまだまだ長いけど、急ぐ旅でもないし、ゆっくり行くことにしよう。    この辺で野宿できそうなところを探してみると、四十八瀬川という川が近くにあったから、今夜はそこで野宿することにした。  俺はトイレを済ませて夕食と飲み物を買い込むと、コンビニを出る。  そしてビニール袋を片手に少し迷ってから、母さんのスマートフォンに電話をかけた。  せっかく家を出たのに、一日に一度だけとはいえ電話するのは気が進まなかったけど、俺のスマートフォンの位置は父さん達にきっちり把握されているから、約束を破ったらきっと連れ戻されてしまう。  少し憂鬱な気分でコール音を一つ二つと数えていると、三コール目で母さんが電話に出た。 「もしもし? 体調は大丈夫?」   母さんは開口一番心配そうな声でそう訊いてきた。  「どこにいるの?」と訊かなかったのは、アプリで俺の居場所を知っているからだろう。  せっかく遠くに行こうとしているのに、結局自由になり切れていないことが鬱陶しく思えて黙り込んでいると、母さんが重ねて訊いてくる。 「熱中症になったりしてない?」 「してない」 「そう」  母さんはやっと安心したみたいで、電話の向こうで小さく息を吐くのがわかった。 「今日はどこに泊まるの?」 「近くにホテルなさそうだから、野宿する。もう疲れたからこれ以上走れそうにねえし」 「それじゃあ仕方ないわね。危ないから、できるだけ明るい場所を選んでね」  母さんは特に反対するでもなくそう言った。  秦野は観光地でもないから、泊まれる所は少ないし、仕方ないとあきらめたんだろう。 「じゃあ、もう切るから」 「また明日ね」 「うん」  俺は通話終了のボタンをタップすると、溜め息を吐いた。  旅が終わるまで毎日これが続くかと思うと気が重いけど、一日は二十四時間あるし、その中の五分程度を親のために使うくらい、大したことじゃない。  うん、そうだ。  そういうことにしよう。    俺は自分にそう言い聞かせてから、四十八瀬川に向かうべく、自転車のチェーンとスタンドを外した。
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