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十九時を過ぎて、辺りにはすっかり夜が広がっていた。
夕食を済ませて特にすることがなくなった俺は、テントの入り口からぼんやりと夜空を見上げる。
近くの電柱の明かり以外の光と言えば、民家の玄関を照らすそれと、時々通る車のライトくらいのものだ。
テントの屋根を支えるパイプには、ライトを取り付けることもできるし、懐中電灯も持って来ていたけど、俺はしばらくこの暗闇を楽しむことにした。
夜空には、暗闇に空いた穴みたいに小さな星が無数に光っている。
星はたくさん見えたけど、国道二四六号線は交通量が多いから、そちらの空だけはぼんやりと明るかった。
こんな風にただ夜空を見上げたのは、いつ以来だろう。
星に興味なんてないけど、たまにはこんな日があってもいいなと思っていると、どこからか若い男達の笑い声が聞こえてきた。
酔っているのか、声がやたら大きい。
辺りが静かだから、耳障りな声が余計にうるさく響いた。
早くどこかに行ってくれないかなあと思ったけど、声は遠ざかるどころか、近付いてきているみたいだ。
関わり合いになると、面倒なことになりそうな気がする。
俺は中に引っ込んでテントのファスナーを閉めると、男達が通り過ぎるのを静かに待った。
そのままいなくなってくれることを祈ったけど、男の一人がこっちに気付いたみたいで言う。
「なあ、あんなとこにテントあるよ。ホームレスかな?」
「えー? 自転車もあるじゃん。旅行なんじゃねえの?」
誰かのそんな声が聞こえた後に、また誰かが言った。
「旅行なら金持ってるんじゃね? ちょっと分けてもらおうよ」
俺はびくりと体を強張らせた。
現金こそ大して持ち歩いていないけど、それなりの額が入った口座のキャッシュカードは持たせてもらっている。
あの連中なら、きっとこれに目を付けるだろう。
一一〇番しようか。
でも警察沙汰になったりしたら、家に連れ戻されてしまうかも知れない。
だったらどうする?
逃げる?
逃げ切れる?
捕まったら、もっと酷い目に遭わされるかも知れない。
どうしよう?
どうしたらいい?
俺が考えをまとめられないまま、テントの中でただ固まっていると、男達の声がどんどん近付いてきた。
草を踏み付ける足音が聞こえて、すぐ側で足音の一つが止まると同時に、テントが小さく揺れる。
とうとうテントに手が掛けられたみたいだ。
俺が迷いながらもスマートフォンの画面にキーパッドを表示させて、「一一〇」を押し終えた時、不意にテントの向こうで「うわっ!」という声が聞こえた。
一体何があったんだろう。
訳がわからなかったけど、とりあえず通報せずにテントの向こうに耳を澄ませていると、男達が「何しやがる!?」「お前ら何なんだよ!? ふざけんじゃねえぞ!」と凄む声が聞こえてきた。
どうやら誰かが止めに入ってくれたらしい。
「助かった」と安心するには早いけど、ちょっとほっとする。
通りすがりの俺なんかを助けるために体を張ってくれるなんて、まるで正義のヒーローだ。
さっきのおばあさんといい、世の中には意外といい人がいるらしい。
俺ができるだけ音を立てないようにファスナーを開けて、そっと外を見てみると、見ず知らずの男達の向こうに十八歳くらいの男と十二歳くらいの女の子が見えた。
どちらも外国人みたいで、街灯の明かりがあまり届かない薄闇の中でもそうとわかる、彫りが深くて整った顔立ちをしている。
男の方は、白っぽい肌に赤い瞳。
赤みがかった茶色くて長い髪を左に寄せて、三つ編みにしていた。
ケンカなんて一度もしたことがなさそうな、優等生っぽい雰囲気を漂わせていて、この状況に少し困っているみたいだ。
一方の女の子は、金色のおかっぱ頭に金色の瞳。
今まで会った中で間違いなく一番綺麗な子で、笑ったらとても可愛いだろうに、今は毛を逆立てた子猫みたいな顔で男達を睨み付けている。
二人共Tシャツにパンツ姿だけど、袖や裾に名前も知らない長い蔦を持つ植物の紋様が入っていて、ちょっと変わっていた。
こういう見た目が派手な連中がいい奴なのは、漫画の中くらいだと思っていたから、偏見を持っていた自分をちょっと反省していると、女の子が男達を一喝する。
「お前ら、自分のやってることが恥ずかしくないのか! さっさとどっか行け!」
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