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女の子の日本語は、ちょっと発音やイントネーションが怪しいところはあったけど、文法は正しかった。
「ああ、日本語できるんだ」と、こんな時なのに我ながら呑気な感心をしていると、女の子が腕を上げて、男達に向かって何かを投げ付ける。
小さくてよく見えなかったけど、多分石だろう。
しかも一個だけじゃなく、何個も矢継ぎ早に――しかも正確に投げ続けるから、男達は女の子に近付くことすらできない。
男達は何とか女の子との距離を詰めようとするけど、みんな飛んでくる石から身を守るのが精一杯だ。
誰かが「もう行こう」と言うと、男達は女の子達を口汚く罵りながらテントから離れて、舗装された道の方へと足早に歩いて行った。
助かった。
俺がほっとして小さく溜め息を吐いていると、すぐ近くで静かな男の声がする。
「大丈夫?」
びっくりして声がした方を見ると、いつの間にか女の子の連れが俺のテントのすぐ側に立って、こっちを覗き込んでいた。
多少の訛りはあるけど、この人も日本語が話せるらしい。
さっきの女の子の日本語も十分意味がわかったし、二人共日本語ができるのは、外国語ができない俺にとっては有難かった。
「怪我ない?」
女の子が男の後ろから顔を出して、そう訊いてきた。
さっきは怖い顔をしていたからわからなかったけど、この子も優しそうな顔立ちをしていて、話し易そうだ。
俺は小さく頷くと、女の子の問いかけに答えた。
「全然大丈夫」
「良かった」
女の子はにこりと笑うと、俺から視線を外して、連れの男に非難がましい目を向けた。
「少しくらい手伝ってくれても良かったのに。僕にばっかりやらせないでよ」
「ごめんごめん。でも、ああいうのは苦手なんだ」
「全くもう、そんなだから弱いんだよ。いっつも肝心な時に役立たずなんだから」
「うぅぅ、やめて。何一つ間違ってないけど、心が痛いから」
「こんなこと言わなきゃいけない僕も、心が痛いよ」
二人の気の置けないやり取りを聞きながら、俺は耳を疑った。
今女の子が「僕」と言ったように聞こえたのは、俺の聞き間違いだろうか。
でも間違えて二回も「僕」とは言わないだろう。
外国人だから、一人称の使い分けがよくわかっていないだけかなとも思ったけど、日本語がこれだけ話せて「僕」が男の一人称だと知らないというのは考え難かった。
漫画の中では一人称が「僕」の女の子がいたりするから、もしかしたらその真似をしているのかも知れないけど。
あれこれ考えてみたけど、結局本人に確認するのが一番確実で、俺は美少年とも美少女ともつかない子に直接尋ねてみることにした。
「あのさ、もしかして女の子じゃねえの?」
ストレートに「男なの?」と訊くよりはマシな訊き方だったと思うけど、もし女の子だったらとんでもなく失礼な質問だ。
内心ちょっとハラハラしたけど、その子は不機嫌になるでもなく答える。
「僕は男だよ」
そう言われても、モデルやアイドル並みに可愛いし、声変わりもしていないから、やっぱり女の子にしか見えない。
冗談なのか本当なのかわからなくて反応に困っていると、連れの男が言った。
「何だか疑ってるみたいだけど、その子は嘘なんて吐いてないよ」
「そう、なんだ……」
まだ半信半疑だったけど、あまりしつこく訊くのも悪い気がする。
とりあえず、この子は男の子ということにしておこう。実は騙されていて、陰で笑われているかも知れないと思うと、ちょっと面白くなかったけど、相手が恩人だと思えばそう腹も立たなかった。
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