通りすがりの幽霊

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 風呂から出て、勉強を始める。  家に帰ってから怖いと思うことはなにも起こらず、さっきの妙な出来事もすっかり頭の中から消えていた。  着信音に携帯を見るとマサトからのメッセージ。 『だりぃ。もう勉強飽きた』  八時過ぎにバイバイして、まだ九時半だ。飽きるには早くない? 勉強を始めて三十分しか経ってない。あ、でもマサトは家に帰ってからすぐに取りかかっていたのかも。 『風呂入った?』 『入った』 『入ったのかよ』 『ん? マサトまだ?』 『俺も入った。勉強飽きるの早くね?』 『真面目だな』 『マサトみたくデキがよくないもんでね』 『海里とカラオケ行きてぇ』 『たまにはいいかもね。ちょっとくらい息抜きしたってさ』 『おーいこいこ』  二年の時はよくカラオケ行った。クラスの友達とだいたいは五、六人でワイワイ。もちろんフリータイムで。そう思うと、マサトは俺と同じペースで遊んでた。塾があるからと断られた記憶もない。やはり元々の頭のできが違うってことなのだろう。  マサトとしばらくやりとりを続け、十二時頃まで勉強してベッドへ入った。  トイレから出て手を洗う。  廊下に出ると部屋番号がついたドアがずらりと並んでいた。  ……あれ? どこだっけ?  どの部屋に戻ればいいのか分からない。  無機質な空間でウロウロしてるとマサトの歌声が聞こえた。ホッとしてドアに近寄ると長細い窓からマサトの姿が見える。  おお、正解。正解。  ドアを少し開けると、マサトの横に制服姿の女子が座っていた。  同じ学校の女子だ。  女子の顔はよく見えないけど、スカートから覗く足がすごくきれい。  マサトの彼女なのかもしれない。付き合ってるなんて聞いたことないけど……。  女子がマサトの袖を引っ張り話しかけた。マサトは女子に顔を向け優しい表情で耳元へ口を寄せる。  それだけだ。それだけ。別に大したことでもない。でも、ドアを開けて入ることができないまま、他人に向けるマサトの優し気な表情をじっと見つめているしかなかった。すごく嫌なのに、すごく寂しいのに、目を離すことができない。 「ひぐっ、うぅ……」  自分の声で目が覚めた。  あれ? なんで俺泣いてるんだ?  頬を手で拭うとびちゃびちゃだった。  ひどく辛かったのは覚えてる。それに泣いた理由は分からないのに、感覚だけはすごくリアルだった。  ……やな夢見たな。  まだちょっとぼんやり霞んだ目でボーッと天井を眺めていると、カチッと音がしてブオンとパソコンの起動する音が聞こえた。  え?  反射的に目を向けた。パソコンのある勉強机の前には窓がある。その窓の外にコンビニで見たやばいやつがいた。窓の外から俺の部屋を覗いてる。 「うわあああああああっ!」  パッと目が覚めた。 「え?」  窓にはカーテンが掛かってて、その脇から明るい光が部屋に射し込んでた。叫んだ拍子に腹筋で起き上がったのか、俺はベッドに座ってる。 「にゃぁ」 「左之助」  チクチクした舌が手をゾリゾリと舐める。くすぐったい。  夢? 俺、寝てたの?   まだボーッとする頭でパソコンを見るとモニターにはパスワード画面が映っていた。起動してる。  昨日はパソコンを点けてなかったはずだけど……。  気味悪さに、布団をそろそろと引き上げる。  もしかして、窓の外に……いる?   朝だからいないだろ。そう思いつつも、夢を思い出せば放っておく気にもなれない。頭から布団をかぶり、1メーター定規を掴んでカーテンをちょいちょいずらして確認。なにもいないことにホッと胸をなでおろした。
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