通りすがりの幽霊

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「おはよー……って、目の下クマできてね?」  電車の中、マサトと合流した途端に突っ込まれる。 「んー、昨日悪夢見ちゃって。夢の中で目が覚めるやつ。もう最悪だよ」  いつものように電車のドアへもたれながらぐったり項垂れる。 「悪夢ってどんなん?」  マサトが興味津々という表情でつり革を両手で持ったまま顔を寄せる。  朝シャワーしたのか、マサトの柔らかそうな髪からいい匂いがふんわりと鼻をくすぐった。 「や、あー、忘れた」  ぐったりもたれた体を起こし顎を引き、距離をとった。夢は覚えてる。でも、マサトに彼女がいて号泣したなんて言えるはずもないし。気味の悪い影の話もする気になれない。 「ちょっと目も腫れてる」  マサトはつり革を掴んでいた手は外すと、軽く握った拳で俺の顎をクイと持ち上げた。  うえっ……!?  思いがけないマサトの行為に体がガチンと固まってしまう。 「赤いし……眠れてない?」  マサトが心配そうに眉を寄せる。 「あ、悪夢ミタカラ……な……」  なんとか視線だけでも逃げ出す。  なんだよこれ。いつまで顎持ち上げてんのさ。どういう状況だよ。周りに見られちゃうじゃん!  ドドドドドドッと迫る焦りのような緊張に息がつまる。 「あ、まつ毛。ちょっと目閉じて」 「ひっ!」  はからずとも、マサトの声にギュッと目を閉じてしまった。顎から手が離れ、今度は指先が頬を撫でる。  ひょおおおっ!  ビックリした時の左之助みたいに全身に電気が走って毛が逆立つ。尻尾が生えていたらきっと立派なタワシ状態。 「はい。とれた」  目を開けると、長くてきれいな指の腹に濃い毛が一本。 「お、あぁ、うん。ありがとう」 「こっちに植毛するわ」  マサトは右の頬から左の頬にまつ毛をくっつけようとする。 「うおいっ!」  マサトの手をガッツリ掴んで抵抗すると、マサトが破顔した。 「クククッ」  大声で笑えないから肩をひくひく揺らしてる。なんとなく離し難いマサトの手をパッと放した。  車内でまったく、なにやってんだよ。 「ついてるより生えてる方が変だろ」 「あーあ、落ちちゃったよ」  そう言って膝を曲げるマサトの体を両手で押しすかさず止めた。 「ちょいちょい」 「でも屈まないと見えないし」 「要らないしっ!」  小声でふざけ合ってる間に駅に到着。  降りるとすぐに、同じクラスの田中ミキが近づいてきた。 「そこのバカップル。恥ずかしいから電車の中でイチャイチャするのやめてくれる?」  言い放たれた言葉にギクッとした。 「あ、おはよミキちゃん。バカップルぅ? そんな俺ら注目浴びてた?」  マサトは平然と嬉しそうな表情を見せる。 「隣のおねぇさん達がヒソヒソしてたよー。仲良し~って」 「だって仲良しだからしゃーないじゃんね!」  ね! で俺を見てニッコリする。きっとマサトはなんとも思ってないんだろう。だから堂々してるんだ。俺とは違って。 「べ、別に。普通だし」 「そうそう。これが俺らの普通なの」  意味ちげーよ。と心の中でコッソリぼやいた。
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