通りすがりの幽霊

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 用をたし、トイレから出て手を洗った。  通路に出る。見たことのある無機質な空間。またあのカラオケ店だ。部屋番号のついたドアがただズラッと左右にどこまでも並んでる。右を見ても左を見ても同じ。  どの部屋だった?  静かな通路。でも耳を澄ませるといろんな歌声が混じって聞こえてくる。男の声、女の声。おっさんの声。若い声。  その中から必死にマサトの歌声を聞き分ける。  右じゃなくて、左から聞こえる気がする。  俺は声を辿り、左へ進んだ。  徐々に大きくなるマサトの歌声に、気持ちがほぐれてくる。部屋にたどり着き、ドアのノブに手をかけた。長細い窓から中が見える。マサトと田中ミキがくっついて座っていた。 「海里おせぇな。ちょっと探してくる」  マサトが立ち上がり部屋を出ようとする。一瞬沈んだ気持ちがふわふわと浮上し始めた。  嬉しい――。  そう感じた瞬間、細く白い手がマサトに絡みついた。田中ミキが背後からマサトに抱きついてる。 「行かないで」 「ミキちゃん?」 「私、ずっとマサトのこと」  マサトはドアに背を向けると、田中ミキに向き合い。頭がゆっくりと前に傾いていく。後ろ姿だけど、キスしてるってわかった。  目が熱くなって、そのまま頬を熱い液体が伝って落ちていく。 「うう……っんぐ」  ビクンビクンと引き攣る揺れと嗚咽で目が覚める。  また夢だ。また泣いてる。  ギュッと目を瞑り、苦しい胸をゴシゴシ拳で擦った。  カチッと音が鳴る。ブオンと起動するパソコン。  そろりと視線を向けると、大きな女の影。この前よりも大きく見えた。  パソコン画面が明るくなる。浮かび上がる女のシルエット。女は後ろを向いていて、背を折り曲げ部屋の中で立っていた。  恐怖に心臓が縮み上がる。  なんだ、なんだよ。なんでいるんだよ!  こっちを見たらとビクビクしてると、大きな女はいよいよゆっくりとこちらへ体を向けようとする。ゆっくりゆっくり女の顔がこちらへ向く。  俺は声のない叫び声を上げた。  恐怖で息ができない。そのままなにもわからなくなった。
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