69人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
用をたし、トイレから出て手を洗った。
通路に出る。見たことのある無機質な空間。またあのカラオケ店だ。部屋番号のついたドアがただズラッと左右にどこまでも並んでる。右を見ても左を見ても同じ。
どの部屋だった?
静かな通路。でも耳を澄ませるといろんな歌声が混じって聞こえてくる。男の声、女の声。おっさんの声。若い声。
その中から必死にマサトの歌声を聞き分ける。
右じゃなくて、左から聞こえる気がする。
俺は声を辿り、左へ進んだ。
徐々に大きくなるマサトの歌声に、気持ちがほぐれてくる。部屋にたどり着き、ドアのノブに手をかけた。長細い窓から中が見える。マサトと田中ミキがくっついて座っていた。
「海里おせぇな。ちょっと探してくる」
マサトが立ち上がり部屋を出ようとする。一瞬沈んだ気持ちがふわふわと浮上し始めた。
嬉しい――。
そう感じた瞬間、細く白い手がマサトに絡みついた。田中ミキが背後からマサトに抱きついてる。
「行かないで」
「ミキちゃん?」
「私、ずっとマサトのこと」
マサトはドアに背を向けると、田中ミキに向き合い。頭がゆっくりと前に傾いていく。後ろ姿だけど、キスしてるってわかった。
目が熱くなって、そのまま頬を熱い液体が伝って落ちていく。
「うう……っんぐ」
ビクンビクンと引き攣る揺れと嗚咽で目が覚める。
また夢だ。また泣いてる。
ギュッと目を瞑り、苦しい胸をゴシゴシ拳で擦った。
カチッと音が鳴る。ブオンと起動するパソコン。
そろりと視線を向けると、大きな女の影。この前よりも大きく見えた。
パソコン画面が明るくなる。浮かび上がる女のシルエット。女は後ろを向いていて、背を折り曲げ部屋の中で立っていた。
恐怖に心臓が縮み上がる。
なんだ、なんだよ。なんでいるんだよ!
こっちを見たらとビクビクしてると、大きな女はいよいよゆっくりとこちらへ体を向けようとする。ゆっくりゆっくり女の顔がこちらへ向く。
俺は声のない叫び声を上げた。
恐怖で息ができない。そのままなにもわからなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!