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「海里、顔色悪いよ」
いつもと同じ車両。
マサトが「おはよう」も言わず眉を寄せ、俺の額に触れた。
「熱はないね」
マサトの手を力なく払いのけた。
もうマサトの顔を見る気力もない。マサトを見てもないのに、傷ついた表情してるのがわかる。
でも、疲れた。……疲れたんだよ。なにもかも、どうだっていい。もうどうだって。
ぬうっとあたりが陰る。
「ごめん」
ボソッとマサトの声がした。すごく儚くて寂しそうな声。
いつの間にか俺は顔を上げていた。沈んだマサトの姿はいつもよりなんとなく小さく感じた。そのマサトを暗闇が覆ってる。電車の中のはずなのに真っ暗。
なぜかはわからない。わからないけど、俺はそのまま上へと顔を向けていった。女だ。髪の長い女。その体は今朝の夢よりももっとデカくなっていた。天井につっかえ俺の真上に顔があった。女と目が合う。でもなんの感情も伝わってこない。無表情のまま目から涙を流している。
女の涙が落ちてくる。俺に向かって。ぶっかかると思った。でも涙は宙で弾けた。そして、俺の目からボトッと涙が落ちた。ひとつぶ、ふたつぶ……もうあとは止まらない。ボロボロボロボロ涙が落ちていく。
「か、海里?」
マサトがオロオロした声になり、カバンから出したタオルで俺の顔を拭った。大きな手が背中に周り、そっと引き寄せられる。マサトの匂い。すごく温かくてよけいに涙が出た。
「大丈夫か? 次の駅で降りよう」
電車の中のはずなのに、構わずマサトはずっと俺を囲い、背中を撫で続けた。電車が減速し停まる。マサトは俺をさらに抱き寄せ「すみません、すみません」と周りに言いながら俺を包み込んだまま電車から降りた。
変な夢のせいなのか、女のせいなのか、マサトの温もりのおかげか、俺は恥とか外聞とか全くなにも感じていなかった。感覚はマサトの声と体温だけ。自分がちゃんと歩いているのかもわからないうちに俺たちはホームの端っこのベンチにいた。ふたりで座ってる。
冷たい風がぶわっと吹き抜けた。
ちょっと体を縮めるとマサトは盾になって俺を抱えるように包んだ。
「海里、体調が悪いわけじゃないよね? なんで泣いてるのか教えて?」
マサトが涙を拭いながら優しく問いかけてくる。
なんとなく理解できた気がした。
ふっと自分の表情がほぐれるのがわかった。
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