シロクマの恋

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ねえ、覚えてるかな? 私は筒状に丸まった画用紙をゆっくりと広げた。 しばらく広げていなかったせいですぐに丸まろうとする画用紙の端を指で抑える。 そこには少し怪訝そうな冷たい目をした彼の顔が描かれている。 薄茶色の髪、綺麗な顔の輪郭、ビー玉みたいな澄んだ茶色の瞳、色素の薄い肌の色。 ぷっくらとした唇だけが唯一温かみのある色をしている。 この絵を見ると、あの頃のことを思い出す。 淡くて儚い夢を見るように——。 ——高校三年の秋 私と彼は選択美術の授業で偶然隣になった。 彼とは同じクラスにはなったことはなかったが、周りから「ヒロ」と呼ばれているのを聞いたことがあった。 廊下ですれ違う彼は、冷たく澄んだ空気を纏っていて、彼だけがこの世界から少し浮いているように私には見えていた。 「卒業制作として自分が作りたいものを自由に作ってください」 先生の柔らかな声が午後の美術室をふんわりと包んだ。 美術室の窓から差し込む寂しげで穏やかな秋の日差しは、何故こんなにも眠気を誘うのだろう。 私は眠気に負けてしまう前に椅子から立ち上がり、美術室の後方へと向った。 ロッカーの上にゴッホやモネといった有名な画家の名画集が置かれている中で、私は「動物の写真集」を手に取って席に戻った。 指先で適当にページをめくっていく。 獲物を狙うライオン、雑草を食べるシマウマ、空を飛ぶ大きな鳥、木の上を移動するリスなど生き生きとした動物たちの写真。 私はあるページで手を止めた。 ——氷の上を歩くシロクマの写真。 見渡す限り真っ白な空間を一頭のシロクマが何も恐れることなく堂々と歩いている。 ちらっと隣の席の彼に視線を向けた。 彼は頬杖をついて眠そうに窓の外を見ている。 隣の席の彼は氷の上を歩くシロクマに少し似ていると私は思った。 肩幅はあるが全体的に細身の彼はシロクマのがっしりとした体格とは似てもにつかない。 けれど、彼の纏う空気がこの写真のシロクマと似ている気がする。 この写真のシロクマを作りたいな、私はぼんやりとそう思った。
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