憧れの人

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 それに、成瀬書店の店長、成瀬さんはとても良い人だった。成瀬さんは、実際のところどこに住んでいるのかわからないが、多分、この古本屋の二階に一人で住んでいる。  男性だが、年齢不詳、寝ぐせなのかいつもボサボサの髪の毛、大きすぎるフレームのメガネ。  結婚はしておらず、あの様子じゃ彼女もいないと思う。  店長ではあるが、仕事を掛け持ちしているのか不在のことが多い。基本、古本屋の鍵は私が閉めて帰ることになっている。  あまり会うこともないが、会ったら普通に挨拶をしてくれるし、成瀬さんに報告がある時は二階に行き、彼がいるかどうか確認をする。もし不在であれば伝えたいことを手紙に残して帰る、そんな感じの緩いアルバイトだ。  ただ、成瀬さんが二階にいても「立ち入り禁止」の看板が出ている時は絶対に部屋に入ってはいけない、それが面接の時の約束。  何をしているのだろうと疑問に感じることもあるが、そこまで成瀬さん自身に興味がなかったため気にしないようにしていた。  さて、もう閉店時間の二十二時になった。  お店を閉めて銭湯によって帰ろうと思った時、お店の手動ドアが開いた。 「あっ、お疲れ様です」   「お疲れ様です。佐伯さん」    成瀬さん、店長だった。 「遅くまでありがとうございます」 「いえ、仕事ですから」 「では、気をつけて帰ってくださいね」    そう言うと、彼は二階に上がっていった。  今日の店長、なんか疲れてたな……。  ふとそんなことを思った。  お店の鍵を閉める。  二階を見ると、電気が点いていた。   「あぁ、気持ち良い」  行きつけの銭湯で、一日の疲れを流す。  やっぱり家にお風呂、せめてシャワーは欲しいけど、そんなこと言ってられない。  学費のせいで、銭湯に行くお金さえない時がある。そんな時は、台所で髪の毛を洗ったりしている。自分で選んだ道だ、仕方がない。  帰宅をし、ベッドがないため布団の上で横になる。  携帯で大好きな「湊」さんの曲を聴く。 「うーん……。やっぱりすごいな」  私もいつかこんな歌を歌いたいと思いながら、その日は眠りについた。
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