憧れの人

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 私の大好きなアーティストの湊さんが目の前にいる。信じがたい光景だ。 「なんで湊さんがここに……」  あんなに追いかけていた憧れの人が手の届くところにいる。  彼は頭を掻き、横になるのをやめてソファーに座った。  私は、ソファーの前の机の上を見た。  店長がいつもかけているメガネと茶髪のウィッグが置いてあった。ウイッグの髪色は、店長の髪の色と似ている。  もしかして……。  湊さんと目が合った。 「店長……?」  間違いない、店長だ。  いや、この場合、湊さんが店長だった?  私の思考回路が上手く働かない。 「お前。面接の時の約束、忘れたのか?」  言葉遣いも雰囲気も私が知っている店長でも湊さんでもない。二人とも、もっと優しい言葉遣いと柔らかい感じの人。 「覚えていましたけど、店長と話したいことがあって。何回かノックはしたんですが……」  彼は機嫌が悪そうに私を見つめている。  その威圧感で、私もその場に座り込んだままだ。   はあ……と彼はため息をつき 「チッ、どうすっかなー。面倒くせーな。明日から解雇って言ったって代わりはいねーし。かと言って俺のことを話さないかっていう約束をしても信用ができない」  私が憧れていた湊さんって本当はこういう人だったの?舌打ちなんて、考えられない。 「申し訳ございませんでした。店長が湊さんっていうことは誰にも話しません。解雇もしないで下さい。お願いします」  私は頭を下げた。  するとポケットからタバコを取り出し、火をつけた彼。  タバコを吸い、ふうと煙を口から出す。  頭を下げ続けている私。  座り込んで動けないため、これじゃあまるで土下座をしているようだ。 「お前、俺のこと好きなんだっけ?」 「はい。憧れです」  憧れだったというべきだろうか?  しかし、彼の曲や歌が好きであることは彼の本性を見ても変わらなかった。 「そうか」  彼は、吸っていたタバコの火を消した。  そして、俯いている私の顎を持ち、上へあげる。  彼と近距離で目が合う。  彼の顔が急に近づいたと思った瞬間、キスをされた。 「……!!」 《パシャッ》    キスされたのと同時に、携帯のシャッター音が聞こえた。 「なっ……」  バッと顔を遠ざける。 「俺のことをバラしたら、この写真を週刊誌に売るからな。熱狂的なファンが自宅に侵入し、寝込みを襲ったって感じで。もちろん、世間は俺の味方だろうな」    フッと笑う彼。
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