憧れの人

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  「お前も俺とキスできて嬉しかっただろ?」    悔しさ、悲しさ、怒り、いろんな感情が混じって、涙が溢れる。 「はじめて……。だったのに……」 「はっ?お前、その歳でキスも初めてだったのか?」  予想外の私の涙と発言に湊さんは戸惑っているように見えた。  感情のコントロールが上手くいかなかった。  私は立ち上がり、湊さんの頬をパチンと引っ叩いてしまった。  彼は、無言で叩かれた頬を抑えている。 「バカにしないで」  一言だけ伝え、勢いよく部屋を出た。  店の鍵なんて気にせず、全力で自分のアパートまで走った。  信じられない、目標としていた人があんな人だっただなんて。  はぁはぁと息が切れたままアパートの鍵を開けて、部屋に入る。汗が引かない。  服を脱ぎ、台所でいつものように身体を洗う。  何も考えたくない、服を着て布団の上に倒れ込んだーー。  気がつけば、朝になっていた。  水を飲もうと思い、立ち上がろうとする。  あれ?なんかクラクラする……。  昨日あんなに走ったから?  台所まで行くのがやっとだった。  何かに掴まって歩かなければ、転んでしまいそう。  今日は学校だ。  どうしよう?  このままじゃ学校なんて行ける状態ではない。  医者に行った方がいいのかな?  いや、医療費がかかる。  そんな余裕はない。  冷蔵庫に入っている水を一口飲んだ。  身体に入っていかないような感覚だった。    今日は学校、休もう。    アルバイトはたまたま休みだったから良かった。  というか、アルバイトはもう成瀬書店では続けられないんだろうな……。  大変な秘密を知ってしまったし、あんなことをしてしまったし……。  新しいバイト先を早く見つけなくちゃ。  そんなことを考えながら、布団へ戻ろうとした。  《ピンポーン》  玄関のインターホンが鳴った。  ボロボロアパートのため、カメラ付きインターホンではない、そのため来客が誰かわからない。  私のアパートに来る知人なんて誰もいない。  どうせ、新聞の勧誘か何かだろう。  居留守を使うことにした。  《ピンポーン》  《ピンポーン》    《ピンポーン》    それにしてもしつこい。    具合が悪くて、背伸びをして玄関ドアののぞき穴から相手を見る元気もない。 「どちらさまですか?」  玄関ドアにもたれかかり、外にいる人物に声をかける。 「俺だ……」  俺って誰ですか……?  ん?  聞いたことがある声……。 「俺だ、開けろ」  この声、店長?いや、湊さん?  
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