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店長?いや、湊さん?
どっちで呼んだらいいのだろう。
仕方なくドアを開ける。
「はい」
そこにいたのは、店長の姿をした湊さんだった。
「ちょっと邪魔をする」
そう言うと彼は、玄関先からどんどん部屋に入っていこうとする。
「ちょっと!汚いから入らないで下さい!」
クラクラしながらも、彼を止めようとした。
男性に見られても良い部屋じゃない。
彼は部屋の中を見渡した。
「なんだか、懐かしい感じがするな」
「えっ?」
てっきりバカにされると思っていたのに。
彼は一つしかない部屋の隅に胡坐をかいて座り、立ったままの私に
「昨日は、悪かった」
一言謝ってくれた。
「へっ?」
傲慢な態度は変わらなそうだが、どういう風の吹き回しだろう。
「寝起きが悪いってこともあるけど、最近イライラしてて……。んで、お前に正体がバレて、余計にイライラして……。冷静に考えたら、酷いことをしたと思ってる。悪い」
彼は頭を下げてくれた。
「いや、私も立ち入り禁止なのを知っていて部屋に入ってしまって……。憧れの湊さんを叩いてしまったし……」
ああ、ダメだ。
身体に力が入らない。
「お前、どうした?顔色、真っ青だぞ?」
湊さんが私の顔を覗き込む。
「朝からちょっと具合が悪くて……」
私は急にその場に倒れそうになった。
彼がそれを支えてくれた。
「おい、大丈夫か!?」
それから記憶がない。
必死に声をかけてくれる湊さんの声だけが頭の中に残っていた。
目を覚ますと、大きなベッドの上で寝ていた。
ふかふかなベッド。
きっとまだ夢の中にいるのだろう。
いい匂い、香水の匂いかな?
天井を見る。
夢にしては、現実にいるような感覚。
「おい、起きたか?」
声がする方を見ると、湊さんがソファーに座っていた。店長の姿ではなく、アーティストの湊さんの姿だった。
「あれ?湊さん?」
起きようとするが、まだ力が入らない。
「無理するな。まだ寝てろ」
湊さんが近づいてきて、私が座っているベッドへ腰掛ける。
「私は……。夢を見ているんでしょうか?」
「残念だけど、夢ではないな。あれから大変だったんだぞ」
「私、どうしたんですか?湊さんが家に来たことは覚えているんですが……」
天井の電気が眩しく感じ、再び目を閉じる。
「ここはどこですか?」
彼はふうとため息をつき
「ここは俺の家」
「えっ?」
驚いて再び目を開ける。
「湊さんの家って、成瀬書店の二階じゃないんですか?」
はぁと彼は再びため息をつき
「この俺の家があんなところなわけないだろ。あれは、祖父の家だ」
そうなんだ……。
だからたまにしか居ないんだ。
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